棘ある花も愛されたい


街灯が照らす夜道は静かで、わたしは歩きながら、ふと空を見上げた。
そこには、雲を纏う月があり、姿をハッキリとは見せていなかった。

いつも下ばかり向いて歩いているわたしが、月を見ようと空を見上げる。
これはどう考えても、禅さんの影響だった。

―――あの月、掴めそうじゃない?

(今日の月は、掴めそうにないなぁ。)

禅さんの言葉を思い出し、わたしは青佐くんの隣を歩きながら、そんな事を考える。

すると、空を見上げているわたしに気付いた青佐くんが、同じく空を見上げる。
そして「今日は雲のある空ですね。」と言った。

青佐くんは、月ではなく、雲に着目する発言をし、わたしは(同じものを見ても、人によって見え方は違うんだなぁ。)と感じた。

「今日の月は、掴めなさそうだよね。」

わたしがぽつりとそう呟くと、青佐くんは「えっ。」と、わたしの方を向き、それから「土倉さんって、ロマンチックですね。俺は、月を掴むだなんて事、考えた事もないなぁ。」と言って笑った。

ロマンチック―――···
いや、わたしがロマンチックなわけではない。

わたしはただ、禅さんの真似をしてみただけだ。

わたしは雲がかかる月を見上げながら、(あの雲も、パッと手で払う事が出来たらいいのに。)なんて思い、自分の手のひらを空に掲げてみた。

「土倉さんって、よく空見るんですか?」

青佐くんの言葉に、わたしは「ううん。」とすんなり否定する。
そして、空に向けて掲げた手を下ろすと、「わたしは下ばかり見て、生きてきたからね。」と言った。

下ばかり見て生きてきたわたしに、空を見上げる事を教えてくれたのは、禅さんだ。
諒祐と一緒に居る時でさえ、わたしは下ばかり向いて生きてきた。

気付けばわたしは禅さんの事ばかりを思い出し、そんな自分に恥ずかしくなって、わたしは俯き、手をダウンジャケットのポケットの中に仕舞い込んだ。

それから細い道を真っ直ぐ歩いて、わたしの住むアパートに辿り着く。
アパートの前までやって来たところでわたしは立ち止まると、青佐くんの方に身体を向けた。

「送ってくれて、ありがとね。」

わたしがそう言うと、青佐くんは「いえ、俺が送りたかっただけなので。」と言い、それから「それじゃあ、また。」と言って、小さく手を上げた。

「うん。じゃあ、またね。」

わたしはそう言って小さく手を振り、青佐くんに背を向け、アパートの階段を上り始める。
そして、階段を上り切ったところで振り返ってみると、青佐くんはまだそこに立っており、わたしは再び青佐くんに向けて手を振ってから自分の自宅の扉前まで足を進め、鍵を開けて中へと入った。