君と巡り逢えたあの景色になれるのなら

 昇降口を出た途端、ひんやりと、でも凍えるほどではない風が頬を滑った。この風には覚えがある。けいと出逢ったときの冷たさと一緒だったから。
 歩くのに躊躇いが起こる。彼女を失った夏の真ん中くらいから。
 歩くのが怖くて。だって、歩くたび、彼女と離れてしまうから。後ろにいる彼女が小さくなってゆくようで。
 すると後ろで音がした。もしかしたらと、振り返ってみるも、すぐに肩を落とす。そこにけいはいなくて。さすがに邪魔になると、仕方なく一歩踏み出す。手に単語帳を持ちながら。
 『会うのがもう耐えられない』
 本当はずっと一緒にいてやりたかった。たとえ話せなくても、石化で見た目が変わっても、けいはけいだと愛する覚悟はできていた。でも、彼女がそれを望んでいない。あの文面でそれを知ってしまったから。
 でも会いたかった。だから余命を迎えてしまう前に病院へ赴いて。でもその患者さんはいませんよ、の一点張りだった。諦めきれなくて彼女の家にも行ったけど、そこで知らされた。
 彼女はいなくなった、と。
 目の前が暗くなった。後悔で全身が埋め尽くされて。やっぱり会えばよかった。たとえ彼女がそれを望んでいなくても。そしたら、彼女のためになにかできたかもしれないのにっ。て、やばい。
 手遅れだった。つま先が小石に引っかかって転んで。その拍子に持っていた単語帳がぱさり落ちた。
 手のひらからは微かに血が滲んでいる。なのに痛みは感じなかった。代わりに胸の奥に鋭い痛みが走る。とてもじゃないけど、転んだときの比ではない。
 ひらり、なにかが舞った。ううん、もうわかりきってる。
 それは擦りむいた手のひらに落ちてきた。指先で波紋を作るようにそっと。
 それを摘んでみる。赤くて、5つの方向に尖ってて。いつか、一緒に見ようと約束した紅葉に間違いない。
 「ごめんな」
 なにもしてやれなくて。一番辛くて苦しいときに。
 約束すら、果たせなくて。
 すると強い風がびゅっと吹いた。さらに冷たく感じて、力が抜けてしまったとき。
 ひらり
 紅葉か手のひらから飛び立った。風に乗って素早く。
 見えなくなるまでその姿を見届けてから、再び歩き出す。落ちていた単語帳を拾って。
 それを読みながら、おれは校門を抜けた。