スターライトパレード

あれ!?私、寝ちゃった???

静かな波の音で目を覚まし、びっくりして辺りを見回す。
外はすっかり真っ暗になっていた。

「あ、起きた?ぐっすり眠っていたから。コーヒー飲める?」

ちょうど外から戻って来た怜央さんが、コーヒーを手渡してくれる。

「熱いから気をつけてね」
「あ……ありがとうございます」

「少し外歩こうか。寒いから、このコート羽織っていいよ」

ネイビーのコートを手渡される。

ふわりと羽織ったコートから、落ち着いた香りがした。
柑橘系の何か。
石鹸みたいな、でもそれだけじゃない。
清潔で、大人の余裕みたいな匂い。

思わず、呼吸がゆっくりになっていく。
お台場の砂浜を歩きながら、怜央さんがゆっくり口を開く。

「セナといるの、しんどい?」

私の気持ちを見透かすように聞かれて、少しだけうつむく。

「しんどいっていうか……この前の……元カノさんとのやり取りを見て……」

あまりにも、私の知っているセナ君と違っていた。
どちらが本当のセナ君なのかわからない。
ひょっとしたら、どちらも『本物じゃない』のかもしれない。

いつか、私にも……
あの目を、あの言葉を向けられる日が来たら……
そう思ったら、近くにいるのが怖くなってしまった。

「こんだけ生きてたらさ、いい日も悪い日もあるわけだよ。だからさ。今日はちょっと、逃げてもいいじゃん」
「…………いいんですか?」
「大人はね、逃げ道をつくるのが仕事なの」

ぼんやり海を眺めていると、突然、怜央さんに抱き寄せられる。

え……

「あ……あ……あの……」
「こうしてるとさ、ちょっと落ち着かない?」

コートからする香りが急に近くなって、倍になったみたいで、全然落ち着くわけもない。
でも、強く抱きしめられているわけじゃない。
逃げようと思えば逃げられるくらいの、やさしい距離感だった。

「疲れたり、寄りかかりたくなったら、頼ってよ」

その言い方はやさしいのに、どこかずるかった。
責めるでもなく、答えを急かすでもなく、ただ『ここに逃げ場があるよ』って差し出される感じ。
そんなふうにされたら、余計に涙が出そうになる。

別に力を入れられているわけでもないのに……
振りほどこうと思えば振りほどけるのに……
生まれて初めて男性に抱きしめられて……
なかなか離れるタイミングを掴めない……

怜央さんの胸元から、ゆっくりと身を離す。

「あ……すみません」
「ん、いいよ。ちょっとは落ち着けた?」

私は、何も言えずにうなずいた。

波の音と、遠くの観覧車の光がやけに優しく感じられる。
寒いはずなのに、さっきまで胸の中に張りついていた刺々しいものだけが、少しずつほどけていくみたいだった。
セナ君のことを考えなくなったわけじゃない。
むしろ、考えれば考えるほどわからなくなる。
それでも今は、そのわからなさごと抱えたまま立っていてもいいんだと、初めて思えた。

海風は冷たいのに、不思議と少しだけ呼吸がしやすかった。
ほんの少し。だけ。

しばらく砂浜を歩いて、駐車場まで戻った頃には、さっきまで胸の中でざわざわしていた緊張も、ほんの少しだけ溶けていた。

「送ってくね」
「……ありがとうございます」

帰りの車の中では、怜央さんもあまり話さなかった。
でも、その静けさがちょうどよくて、私はまた少しだけ眠ってしまう。
目を閉じても気まずくない。
無理に会話を探さなくてもいい。
それだけで、あんなに尖っていた気持ちが少しずつ丸くなっていく気がした。

「……着いたよ」

ぼんやりとした頭のまま、お礼を言う。

「暖かくして寝てね。おやすみ」

去り際まで……なんていうか……もう怜央さんのイメージ通りで。
今あったことは夢なんじゃないかと、ふらふらしながら部屋へ向かう廊下を歩いていた、その時。

「……!あっ……!」

コート。
借りたまま……返してない。

……また、次に会う時に返せばいいよね。

家に戻って、借りたコートをハンガーにかける。
ふわりと、さっきと同じ香りが鼻先をかすめた。
セナ君とはまた違う匂いが、静かな部屋を包み込む。

『ごめんなさい、コート借りたままでした。いつ返したらいいですか?』

怜央さんにLINEのメッセージを送る。
さっきまで……怜央さんの車でも寝ちゃったのに。
課題もやらないとなのに。
安心した反動みたいに、またうとうと微睡んでしまった。