スタジオ見学から十日。
両親からの印税契約に関する書類が手元に届き、八神さんに渡すために事務所にやって来た。
無事に書類の提出も済んだし……
帰ったら学校の課題に……
ピアノの練習もしないと……
そんなことを考えながらエレベーターに乗り込む。
ほんの数秒。
カン、と足音を響かせて乗り込んできた人影に、息が止まった。
「……あ」
閉まりかけたエレベーターの扉が、セナ君の手で止められる。
目が合う。
すぐに逸らす。
「契約のやつ、もう出した?」
「……うん。法務に」
「そっか」
どちらも背中を壁につけ、視線は正面の階数表示へ。
十秒が、十分みたいに長く感じる。
沈黙が、気まずい。
前までは、セナ君が何かしら話して空気を壊してくれていたのに、今はそれすらない。
私が避けているの、たぶんもう気づかれている。
「……あの……車で送るけど?」
一階で扉が開き、私はぱっと外に出た。
「お疲れさまでした!」
セナ君の顔も確認せず、ビルの外に駆け出す。
「あれ?奏ちゃん?」
声の方を向くと、そこには怜央さんが車から手を振っていた。
「スタジオ収録以来かな?事務所に何かあった?」
「あ……ちょっと書類を出しに……」
「ふーん……ね、時間あるならドライブでも行かない?」
さっき、セナ君の送迎を断ったことが脳裏をかすめる。
このままここにいたら、今度はセナ君がここに来るかもしれない……
「お願いします!」
「いいよ。行こう!」
返事をした瞬間、自分でも少し驚いた。
でも、ここで一人になったら、たぶんまた同じことをぐるぐる考えてしまう。
それが嫌で、私はほとんど逃げるみたいに怜央さんの車へ向かった。
怜央さんの車に乗り込む。
セナ君のポルシェとは違って、怜央さんの車は高くて広くて、どこか安心する香りがした。
ドアを閉めると、外のざわめきがすっと遠ざかって、静かな空間が広がる。
「乗り心地、悪くないでしょ?」
「……はい。落ち着きます」
車はゆっくりと発進した。
街の喧騒から離れていくように、少しだけ胸のざわめきも薄れていく。
窓の外を流れる街並みは、さっきまでの息苦しさをどこか遠くへ連れ去ってくれるみたいだった。
「……奏ちゃん、元気なかった?」
助手席からの問いかけに、一瞬だけ息を呑む。
運転席を見ると、怜央さんは正面を向いたまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……そんなこと、ないです……たぶん……」
自分で言っておいて、全然説得力がないと思った。
こんなに顔に出ているのに、隠せているつもりだったのが恥ずかしい。
「たぶん、か。じゃあ、それって『ある』んだな」
不思議と、否定する気になれなかった。
「さっきさ、セナとすれ違ったよ」
「…………」
車内は静かで、でも沈黙が怖くない。
不思議な時間だった。
「ケンカでもした?」
「ケンカ……とかじゃ、ないです。ただ……」
「うまく言えない?」
「……はい」
ケンカ……じゃない……
私とセナ君は、ケンカにすらならない関係……
たぶん、そうだと思う。
そんなことをぼんやり考えながら、窓の外の景色を見る。
セナ君の車の匂いとはまた違う、落ち着く匂いに包まれて、瞼が徐々に重くなっていく。
寝ちゃ駄目だと思うのに、力が抜けていくのを止められない。
両親からの印税契約に関する書類が手元に届き、八神さんに渡すために事務所にやって来た。
無事に書類の提出も済んだし……
帰ったら学校の課題に……
ピアノの練習もしないと……
そんなことを考えながらエレベーターに乗り込む。
ほんの数秒。
カン、と足音を響かせて乗り込んできた人影に、息が止まった。
「……あ」
閉まりかけたエレベーターの扉が、セナ君の手で止められる。
目が合う。
すぐに逸らす。
「契約のやつ、もう出した?」
「……うん。法務に」
「そっか」
どちらも背中を壁につけ、視線は正面の階数表示へ。
十秒が、十分みたいに長く感じる。
沈黙が、気まずい。
前までは、セナ君が何かしら話して空気を壊してくれていたのに、今はそれすらない。
私が避けているの、たぶんもう気づかれている。
「……あの……車で送るけど?」
一階で扉が開き、私はぱっと外に出た。
「お疲れさまでした!」
セナ君の顔も確認せず、ビルの外に駆け出す。
「あれ?奏ちゃん?」
声の方を向くと、そこには怜央さんが車から手を振っていた。
「スタジオ収録以来かな?事務所に何かあった?」
「あ……ちょっと書類を出しに……」
「ふーん……ね、時間あるならドライブでも行かない?」
さっき、セナ君の送迎を断ったことが脳裏をかすめる。
このままここにいたら、今度はセナ君がここに来るかもしれない……
「お願いします!」
「いいよ。行こう!」
返事をした瞬間、自分でも少し驚いた。
でも、ここで一人になったら、たぶんまた同じことをぐるぐる考えてしまう。
それが嫌で、私はほとんど逃げるみたいに怜央さんの車へ向かった。
怜央さんの車に乗り込む。
セナ君のポルシェとは違って、怜央さんの車は高くて広くて、どこか安心する香りがした。
ドアを閉めると、外のざわめきがすっと遠ざかって、静かな空間が広がる。
「乗り心地、悪くないでしょ?」
「……はい。落ち着きます」
車はゆっくりと発進した。
街の喧騒から離れていくように、少しだけ胸のざわめきも薄れていく。
窓の外を流れる街並みは、さっきまでの息苦しさをどこか遠くへ連れ去ってくれるみたいだった。
「……奏ちゃん、元気なかった?」
助手席からの問いかけに、一瞬だけ息を呑む。
運転席を見ると、怜央さんは正面を向いたまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……そんなこと、ないです……たぶん……」
自分で言っておいて、全然説得力がないと思った。
こんなに顔に出ているのに、隠せているつもりだったのが恥ずかしい。
「たぶん、か。じゃあ、それって『ある』んだな」
不思議と、否定する気になれなかった。
「さっきさ、セナとすれ違ったよ」
「…………」
車内は静かで、でも沈黙が怖くない。
不思議な時間だった。
「ケンカでもした?」
「ケンカ……とかじゃ、ないです。ただ……」
「うまく言えない?」
「……はい」
ケンカ……じゃない……
私とセナ君は、ケンカにすらならない関係……
たぶん、そうだと思う。
そんなことをぼんやり考えながら、窓の外の景色を見る。
セナ君の車の匂いとはまた違う、落ち着く匂いに包まれて、瞼が徐々に重くなっていく。
寝ちゃ駄目だと思うのに、力が抜けていくのを止められない。
