スターライトパレード

あんなことがあったのに……
セナ君は、ぱっと見、いつも通りで。
メイクさんと軽口を交わしながら、笑っている。

「はい、今日もカッコいい~」
「まつ毛長っ、ずるーい」

メイクさんの指が彼の頬に触れる。
視線が交わる。

「はーい、次は目ぇつぶって?」

……それは、まるで。
今にもキスしそうな距離感だった。

いや、えっ!?いやいやいや!
もう、何を見てもそう見えちゃうんですけど!?
ていうか、あんなことがあった後で、どうして何事もなかったみたいにいられるの!?

初めて感じた……
セナ君への、理由のわからない不信感。
ただ、それを抱えたまま、時間だけが過ぎていった。

「うわーーーーみんな本当に格好良い!!!」

衣装とメイクが仕上がったメンバーが並ぶと、思わず声を上げたくなるほどの迫力。

「もっと言ってもっと言ってー!」

くるくると目の前で回る遊里君。
ふわりと広がる衣装の裾が、ライトの下できらめく。
ライブとはまた違う衣装。
でも、それすら着こなす彼らに、また改めて見惚れてしまう。

……そして、ふと。

扉の向こうから、スタッフの声がかかった。

「スタンバイお願いします」

さっきまで笑い声でにぎやかだった空気が、すっと変わる。
目の前の景色が、一瞬で『本番前のステージ』になった。

信さんがスマホを置き、蓮君が鏡を最後にひと目だけ見て、真央君が無言で立ち上がる。
衣装の端を整える怜央さんの指先。
マイクベルトを調整するセナ君の仕草。
小さく息を吸って、吐く、そのタイミングまで揃って見えて。

その全部に、今、完全に『アイドル』へ切り替わった瞬間の緊張が宿っていた。

椿さんが軽く手を上げて、一言だけ言う。

「行こうか」

それだけで、全員が動き出す。
誰も冗談を言わない。
誰もふざけない。

だけど、それが怖いわけじゃなかった。

まるでそこに、長い時間をかけて積み上げてきた『信頼』そのものがあるみたいで。
目を合わせなくても、言葉を交わさなくても、一列に揃って歩き出す彼らの背中に、頼もしさすら感じてしまう。

『アイドル』って、こういうことなんだ。

ただ歌って踊るだけじゃない。
自分の身体も、感情も、時間も、全部使って、何かを届けようとする人たち。

息をするのも忘れて、その背中を見送った。
心臓が、いつもより速く打っている気がした。

みんなを見送る私の目の前を、さっき廊下でセナ君と話していた女性も通り過ぎていった。

あ……彼女が……
セナ君の……
たぶん、元カノ……さん。

いつだったかの音楽番組で見た、あの戯れ合うみたいな空気を思い出す。

そっか……
あれは元恋人同士だったから……
あんな空気感だったんだ。

あの時、胸の奥でうまく名前をつけられなかったもやもやの正体に気づいて、今度は別の痛みが広がっていく。

テレビ越しじゃなくて、実際に見たあの人は、画面の中で見るより何倍も綺麗だった。
姿勢がよくて、髪も肌もつややかで、立っているだけで華がある。

学校の制服のまま、こんな場所に立っている自分が、とても滑稽に思えた。

照明が一段、また一段と落ちていく。
観客のざわめきが少しずつ静まり、スタジオ全体が『息を止める』みたいな空気に包まれた。

フロアのいちばん隅。
ケーブルの束やカメラスタッフの影に隠れるような場所で、私は立ったままステージを見つめる。

目の前に広がるステージ。
ほんの数メートル先にいるはずのみんなが、まるで別世界の人みたいに見える。

「ここ、立ち位置だけご注意くださいね」

そっと声をかけてきたスタッフさんに、小さく頷く。
でも、視線だけはどうしても、舞台の中央から逸らせなかった。
まばたきするのも惜しいくらいだった。

トップバッターは、スターライトパレードだった。

イントロが流れ出した瞬間、空気が変わる。
歓声が沸き起こるわけじゃない。
けれど、何かが始まるその一瞬前の『静』が、全身の神経を締めつけてくる。

ステージの真ん中。
セナ君の姿が、まっすぐにスポットを浴びて浮かび上がる。

まるで何もなかったみたいに。
さっきのことなんて、なかったみたいに。
完璧な笑顔で、歌い出す。

その隣で、真央君の視線がきりっと上がる。
遊里君と蓮君が、ふわっと軽いステップを踏む。
椿さんの手が力強く振り下ろされて、信さんが口元でカウントを取る。
怜央さんの声が響いた瞬間、世界が動き出した。

これが、ステージ。
これが、スターライトパレード。

『さっきまでの彼ら』と、『いま目の前にいる彼ら』は、同じ人でいて、まったくの別人だった。

こんなふうに誰かを惹きつけて、飲み込んで、光に変えてしまうような人たちの中で……
セナ君は、その先頭にいた。

私はたぶん、ずっとその背中を見てしまう。
どんなに悔しくても、切なくても、目が離せない。

曲が終わった瞬間、スタジオがわっと沸いた。
でも、フロアの隅にいる私は、なぜか少しだけ泣きそうだった。