「冷めるわよ」
湯気の消えかけた料理を見ながら、ママが淡々と言う。
両側に挟まれたパパは、箸を持ったまま固まっている。
誰も悪くないような顔をして、それでも、誰ひとり笑っていない。
料理は、明らかに美味しそうだった。
けれど、何を口にしても味なんてしない気がした。
食事なんて、進むわけがない。
個室の照明は落ち着いていて、障子越しに見える庭は月明かりに照らされている。
音もなく整えられた畳の上に、静かに料理が運ばれてくる。
一皿ずつ、まるで展示品みたいにきれいな見た目。
お吸い物からは、どこかで嗅いだことのある、秋っぽい香りがしていた。
「やっぱり日本の料理は繊細ね。素材の持ち味がちゃんと引き立ってるわ」
ママは、わざとらしくもない調子で言う。
でもその言葉は、どこか遠くから聞こえているみたいだった。
今の私には、料理の感想を言う余裕も、それに相づちを打つ余裕もない。
「……あら、仕事の電話が……ちょっと出るわね」
ママが席を立ったタイミングを見計らって、私はようやく口を開く。
「パパ……ママを説得して。私……」
「……奏はママに、ちゃんと気持ちを話した?」
「無理だよ……全然……そんな雰囲気じゃなくて……」
「奏……パパは、いつも奏の味方で、ママと同じように奏を応援しているつもりだよ?」
……『shooting stars』のとき、契約関係のことはパパが全部やってくれた。
「がんばれ」って、あのときは言ってくれたのに……
なんで……今、味方してくれないの……!?
作曲したいっていう私の気持ち、応援してくれないの……?
そう思った瞬間、初めてコンクールで倒れた日のことが、鮮明によみがえった。
あの日、ママは地方公演の本番を控えていたはずなのに、すぐに病院に駆けつけてくれた。
「奏……! 大丈夫!?」
気がついたら病院のベッドの上で。
何が起きたのかわからないまま、ママの顔を見た瞬間、安心して……
「マ……マ……私……うわぁぁぁぁあん……!!」
声にならない嗚咽と一緒に、ママに抱きついて泣いた。
ママの服に顔を押しつけて、子どもみたいに泣いて。
あのときは、ママが来てくれたことだけで、もう大丈夫な気がしていた。
その後、教室に行っても、最初は見学者がいるだけで鍵盤に手を置けなくなった。
「大丈夫よ……弾けてるわ……大丈夫……」
最初は、それでもママの声を聞けば少しだけ落ち着けた。
でも、だんだんそれすら駄目になっていった。
次第に、先生が隣にいるだけで弾けなくなっていく。
「ゆっくり……落ち着いて……上手……大丈夫だから」
ママは仕事をすべてキャンセルして、私のそばにいてくれた。
大好きなヴァイオリンを弾くママの手。
優しくて、あたたかくて、すごく綺麗な手だった。
その手に触れられるたび、ちゃんとしなきゃって思うのに、体はどんどん言うことをきかなくなっていった。
湯気の消えかけた料理を見ながら、ママが淡々と言う。
両側に挟まれたパパは、箸を持ったまま固まっている。
誰も悪くないような顔をして、それでも、誰ひとり笑っていない。
料理は、明らかに美味しそうだった。
けれど、何を口にしても味なんてしない気がした。
食事なんて、進むわけがない。
個室の照明は落ち着いていて、障子越しに見える庭は月明かりに照らされている。
音もなく整えられた畳の上に、静かに料理が運ばれてくる。
一皿ずつ、まるで展示品みたいにきれいな見た目。
お吸い物からは、どこかで嗅いだことのある、秋っぽい香りがしていた。
「やっぱり日本の料理は繊細ね。素材の持ち味がちゃんと引き立ってるわ」
ママは、わざとらしくもない調子で言う。
でもその言葉は、どこか遠くから聞こえているみたいだった。
今の私には、料理の感想を言う余裕も、それに相づちを打つ余裕もない。
「……あら、仕事の電話が……ちょっと出るわね」
ママが席を立ったタイミングを見計らって、私はようやく口を開く。
「パパ……ママを説得して。私……」
「……奏はママに、ちゃんと気持ちを話した?」
「無理だよ……全然……そんな雰囲気じゃなくて……」
「奏……パパは、いつも奏の味方で、ママと同じように奏を応援しているつもりだよ?」
……『shooting stars』のとき、契約関係のことはパパが全部やってくれた。
「がんばれ」って、あのときは言ってくれたのに……
なんで……今、味方してくれないの……!?
作曲したいっていう私の気持ち、応援してくれないの……?
そう思った瞬間、初めてコンクールで倒れた日のことが、鮮明によみがえった。
あの日、ママは地方公演の本番を控えていたはずなのに、すぐに病院に駆けつけてくれた。
「奏……! 大丈夫!?」
気がついたら病院のベッドの上で。
何が起きたのかわからないまま、ママの顔を見た瞬間、安心して……
「マ……マ……私……うわぁぁぁぁあん……!!」
声にならない嗚咽と一緒に、ママに抱きついて泣いた。
ママの服に顔を押しつけて、子どもみたいに泣いて。
あのときは、ママが来てくれたことだけで、もう大丈夫な気がしていた。
その後、教室に行っても、最初は見学者がいるだけで鍵盤に手を置けなくなった。
「大丈夫よ……弾けてるわ……大丈夫……」
最初は、それでもママの声を聞けば少しだけ落ち着けた。
でも、だんだんそれすら駄目になっていった。
次第に、先生が隣にいるだけで弾けなくなっていく。
「ゆっくり……落ち着いて……上手……大丈夫だから」
ママは仕事をすべてキャンセルして、私のそばにいてくれた。
大好きなヴァイオリンを弾くママの手。
優しくて、あたたかくて、すごく綺麗な手だった。
その手に触れられるたび、ちゃんとしなきゃって思うのに、体はどんどん言うことをきかなくなっていった。
