恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜






 アラームが鳴る十分前に目が覚めた。
 パジャマを脱いで新品の制服に袖を通すと、少しだけ大人になったような気がする。

 たまご色のラインが入った深緑のセーラー服。スカーフは学年カラーの赤。下は動きやすいパンツスタイルなんだ。


 今日からわたし、牧野空は秀英学園大学附属中学校の生徒になる。

 秀英学園って呼ばれてる私立校で、初等部からある大きな一貫校。レベルも高くて設備もいいから、初等部で十人に一人、合格できればいいってくらいたくさんの人が受験するんだ。

 もちろん設備がいい分学費も高いけどね。
 中等部とか高等部になると、もっと倍率が高くなるみたい。



 そんな秀英学園にわたしはなんとなんと、特別推薦枠で合格したの!

 入学試験で首席を取ると、その後の学費が半分以上免除されたり、特にレベルの高い少人数学級に入れたりする特別推薦枠で入学できるらしい。っていうのを知ってから、毎日勉強づけの日々。塾と学校と家を往復する毎日だった。


 この制服着るだけでもう感動だよ~!
 にやけそうになる顔をおさえて洗面所に向かった。
 長い髪を三つ編みおさげにして丸メガネをかける。
 どこか変なところはないかな?

「うん、大丈夫」

 鏡に映るわたしは、少し地味だけど期待に満ちた表情をしている。




 リビングに降りるとお兄ちゃんが「やべぇ遅れる!」と出ていったところだった。

 お兄ちゃんはわたしより五歳上の高校二年生。
 地元の高校に通ってるんだけど、音大目指して毎日夜遅くまでピアノの練習してるから朝はいっつもギリギリなんだよね……。

 中学生のときに動画投稿も始めてるから撮影もあって。夜中に起きちゃったときまだ電気ついてたから、寝ちゃうギリギリまでピアノの練習してるんだと思う。



 テーブルに置かれた食パンの袋が時間差でポテッと倒れた。

「おはよう、空」
「おはようお母さん」
「制服、似合ってるわよ」
「えへへ……ありがとう」

 お兄ちゃんは朝バタバタしてるからパンだけど、わたしはご飯派。
 オムライスとコールスローサラダ、ヨーグルトを食べた。


「ごちそうさまでした」

 ご飯を食べ終わったら歯磨きをして、スクールバッグを確認。入学式案内のハガキがあることを確かめてから外に出た。
 玄関の全身鏡でもう一度最終チェック。うん、大丈夫。



「行ってきまーす!」
「気をつけるのよー!」
「はーい!」

 わたしの最寄り駅から十五駅分、山の方にある『秀英学園大学前(しゅうえいがくえんだいがくまえ)』っていう駅が、わたしの降りるところ。


 電車に乗ると、深緑のセーラー服を着た生徒が何人か乗っていた。
 わたしと同じ赤いスカーフだけど、あの中にクラスメイトとかいたりするのかな。

 ……楽しみだな。

 各駅停車でだいたい一時間、目当ての駅に着いた。時間を見ると九時過ぎ。


 入学式は十時半からで、一度教室に行くこともなく式場に案内されるみたいだから、ちょっと早く来すぎちゃったかな?
 ううん、早く来て損はないもん。歩きながら景色を楽しむ時間ができたって思えばいいよ。


 駅の改札を出ると、目の前の通りの先に、秀英学園大学が見える。
 秀英学園は大学の敷地内に初等部から高等部まであるからすごく大きくて、何度来ても圧倒されちゃう。


 少し緑が混じった桜並木を進み、門をくぐる。
 学校の敷地内はセコイアが列をなして植っている。一年中葉をつけたままの常緑樹だから、冬も寂しくなさそうだな。

 ハガキに書いてあった入学式受付までの案内図と人波を頼りに式会場まで行った。
 深緑のセーラー服を着た生徒がたくさんいる。



 だ、だんだん緊張してきたかも……。

 人数が少なそうな列に向かったわたしは、足元になにかが落ちているのを見つけた。しゃがんでみると、高級そうな万年筆。

 指紋がつかないようにハンカチで拾うと、ローマ字で名前が書いてあった。


「S.HAYASHI……?」

 林、誰さんだろう。
 キョロキョロと周りを見回すと、スクールバッグを漁っている人を見つけた。
 なにか探してるのかな。


 あ! もしかしたらあの人がこれの持ち主かも!

「あ、あの……! 林さんですか……!?」
「え?」
 わたしが林さんと呼んだ人は、スクールバッグを漁るのをやめて、クルリと振り返った。

「……!」
 すっごいきれいな人……。


 クセのないストレートなショートヘアに、黒曜石みたいな紫がかった黒い瞳。白い肌、長いまつ毛。
 世の中の女子が羨みそうな要素を兼ね備えた男の子がそこに立っていた。

「なにか……?」
「あ、さっきそこで拾って……! お探し物はこれですか、と……」

 わたしは生まれて初めて出会うタイプの男の子にタジタジになりながら、ハンカチに包んだ万年筆を手渡した。



「あ……! これだ。ありがとう。大切な物なんだ」
 美少年のはにかみ。これは破壊力高いっ……!

「み、見つかったみたいでよかったです」
 声が裏返らないか心配……! わたし変な顔してないよね……!?


 小学生のときは男の子の友達どころか、女の子の友達もいなかったから慣れてないんだよぉ……。
 二年生まではいたけど、とある事件をキッカケにみんないなくなっちゃったから。

「……? あ、自己紹介がまだだったね。俺は秦宗介。林は、母の旧姓なんだ」
「あ、牧野空です……!」



「そら……いい名前だね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
 いい名前……。
 自分の名前、大好きだから社交辞令でも嬉しいな。