なんでも解決!法律探偵団

――キーンコーンカーンコーン。

二時間目の授業が終わり、長い休み時間に入った頃、教室の一角で、何やら話し込む五人組が居た。

憲法ちゃん、刑法ちゃん、刑訴くん、民法くん、民訴ちゃん。

彼らは放課後密かに探偵団を運営しており、様々な未解決事件の真相を暴いている。現在は放課後に調査する事件について、話し合いをしている途中だ。

「これはまた不思議だね」

「だろ?」

刑法ちゃんの疑問に同意しながら、民法くんが目の前にある紙を指さす。そこには手書きで事件の内容が記されていた。

1.午後一時頃、南区街中で通行人の相沢未来さんが被害者三島祐介さんの遺体を発見。

2.三島さんの遺体に確認された外傷は打撲痕のみであった。

3.目撃証言によるとスマホを見ながら歩いていた三島さんは電柱に軽く頭をぶつけ、その直後に倒れ込んだ。

4.当時怪しい人物として周辺でガイコツを見たという通報が多くあった。

「うーん。電柱に軽く頭を打ったくらいで突然倒れてそのまま亡くなってしまうなんて有り得るのかしら」

刑法ちゃんが考えながら、手を顎に当てる。

「じゃあ、が、がいこつの仕業なんじゃ……」

おそるおそる刑訴くんが意見をし、みなを見回す。

「そんなわけないじゃない!そんなん誰かのいたずらに決まってる」

それに対してありえないと刑法ちゃんが突っぱねた。

「外傷が打撲の痕だけってことは、普通人が死ぬような傷は他に残ってなかったってことだよね?捜査の中で司法解剖とかされてないの?」

今度はひそかに聞いていた民訴ちゃんが疑問の声を上げる。

「司法解剖?」

続いて民訴ちゃんが首をかしげた。

それを聞いた刑訴くんがさっきの不安そうな顔とは打って変わって、待ってましたと言わんばかりに返答した。

「司法解剖っていうのは、事件に関係ありそうな遺体を解体してどうやって亡くなったのかなどを調べること。この事件では、三島さんが電柱にぶつけたとされる頭の場所と見つかった打撲痕の位置がほぼ一致したことから、警察は今回の出来事に不可解な点はあったものの、事件性は低いとして司法解剖をしなかったんだ」

【️刑事訴訟法168条 日常だとドラマなどでよく耳にする司法解剖。変死体などの事件性が高いとされる遺体について行われることが多い。裁判所の許可、許可状に基づいて医師(刑訴法上は鑑定人)が遺体の解剖を行う】

「そこで納得のいかない娘さんに調査の依頼をされたってわけ」

言いながら、刑法ちゃんが二人の間にひょいっと顔を割り込んで、得意げに告げる。

「娘さん?」

「うん。南校の生徒だって」

「まあ、そんな感じだ。とりあえずみんな内容を把握したことだし、今日の放課後に調査だな。いつもの時間でいいか?」

「うん!」

民法くんの取り決めに、約一名を除いて各々が頷く。

「おい、起きろ憲法。聞いてんのか」

「ふがっ。むにゃむにゃ。うんうん。ガイコツ調査のために放課後集合ね」

「なんも聞いてないわね」

呆れたようにガックリと肩を落とす刑法ちゃん。憲法ちゃんは探偵団のリーダーでありながら、毎回気だるげな様子で参加している。

「ま、いつものことか」

民法くんが苦笑いを浮かべ、それに皆が納得したところで、予鈴が鳴った。これにて一旦会議は終了し、それぞれが自分の席に戻る。


学校が終わり、初夏の日差しが照りつけるなか、公園に併設された東屋の下で会議が再開する。

「よおし刑訴がまだ来てないけどどうせ宿題終わんなくて親に怒られてるだけだろうから始めるか」

民法くんの合図とともに他の二人がそちらに目を向けて頷く。約一名は上を向いて寝る準備に入ったけれど、いつものことなので誰も構わず会議は開始された。

「まず調査したいのは南区の遺体発見場所だよな」

「そうね。でも結構前の事件だから捜査機関の捜査は終わってるし、今はもう何も残ってない。ショッピングモールまでの通過点だから何度も通ったことあるし」

民法くんの提案に刑法ちゃんが意見する。

「確かにな今じゃ警察もほとんど動いてないし、地元でもそんなことあったねってくらいだ」

「発見者の相沢さんって人はどこにいるか分からないの?」

二人の会話に民訴ちゃんが柔らかな声で口を挟んだ。

「確かに今は相沢さんの情報は何もないけれど、調べてみるのはありね。娘さんなら何か知っているかもしれない」

「そうと決まればさっそく娘さんに聞き込みだね」

口にしながら、さっと立ち上がった民訴ちゃんに制止の声が入る。

「まだ刑訴が来てないから今いなくなると流石にはぐれそうだしまずいんじゃないか」

「あ、そっか」

「いいわよ。連絡入れておくわ。場所も送っておくから、そのうち来るでしょ」

「それもそうだな。ところで刑法、その娘さんに連絡とれたのか?話を聞くならまずそっちと連絡を取らないと」

「ふんっ。私を誰だと思ってるの」

鼻を鳴らしながら、刑法ちゃんが差し出したスマホの画面には幾つかの確認をとるメッセージと、最後には、"ミナミショッピングモール集合でもいい?"の文字。

「わあっ刑法ちゃんすごい!もう約束取り付けてる」

「みんなで話してる間に連絡しておいたの。話を聞く許可は取れたから、集合場所の南モールに向かうわよ」

褒められて少し照れくさそうな顔をしながら、刑法ちゃんが民訴ちゃんの腕を引く。

「あ、あと一つ問題が残ってるんだけどさ、こいつ連れてく?」

そう言って、民法くんが指をさした先には、仰向けになっていびきをかく憲法ちゃんがいた。かなり気持ちよさそうに眠っている。

「面倒だけど、いくらなんでもおいていくのはまずいわよね」

「そりゃそうか……おい、起きろ憲法」

「んえ?」

声をかけられ、腑抜けた声を発しながら目を覚ます憲法ちゃん。

「今から例の事件の被害者娘さんに話を聞きに行くんだ」

「あれ?ガイコツの調査はどこ行ったの」

「誰もガイコツの調査なんてしてねえよ」

「ほんと、憲法ちゃんといるとなんだか気が抜けちゃうわね」

刑法ちゃんのツッコミに二人ともがそろって、共感の微笑みを返し、仕方なく四人でショッピングモールへ向かった。


「どうも法律探偵団のリーダーの憲法です。わざわざ来ていただいてありがとうございます」

そう言って憲法ちゃんが頭を下げると、目の前にいた三つ編みにセーラー服姿の女性がとっさにかぶりを振る。

「いえいえとんでもない。もとはといえば私が依頼したことなので、できることならなんでも協力します。私、三島あかりといいます。よろしくお願いします」

「憲法って外面だけはしっかりしてんだよなあ」

こそっと民法くんが独り言を漏らす。

「ほんとに。普段あんなにしっかりしてるとこ見たことないわよ」

「ま、まあ今しっかりしてるならいいんじゃ」

「そうだけど……」

話しながら何となく皆でミナミショッピングモール入口付近の外ベンチに座っていると、今まで憲法ちゃんと向き合っていたあかりさんが、すっと刑法ちゃんのほうを向いて駆け寄ってくる。

「刑法ちゃん!ほんっとに私の依頼を受けてくれてありがとね。もう一回お礼を言いたくて」

「い、いや、そんな。何でも解決するのが法律探偵団だから」

その勢いに少し圧倒された様子で答える刑法ちゃん。

「それでもだよ。刑法ちゃんが私のためにこうしてくれることがすごく嬉しいの」

「刑法ちゃんって、あかりさんと元々仲いいの?」

二人の関係性に疑問を持った民訴ちゃんが刑法ちゃんに質問を投げかけた。

それについて、あかりさんが刑法ちゃんの隣のベンチに座って、口を開く。

「君は民訴ちゃんでお隣は民法くんだよね。刑法ちゃんから聞いてるよ。んー、刑法ちゃんと私の最初の出会いはね、光の森公園で……」

「だあああああああ!!!」

あかりさんの話を遮るようにして突然刑法ちゃんが大声を上げた。それに民法くんを筆頭に周りの人たちも軽く驚いたようで、ちらほらと視線を集めている。

「うわっびっくりした……どうしたんだ急にそんな大声出して」

「い、いやなんでもない……あ、あかりちゃんその話は……」

注目を浴びた恥ずかしさからか、口元を抑えながらうつむきがちに何かを抗議する刑法ちゃん。しかしその甲斐むなしくあかりさんは話の続きをつらつらと述べていく。

「昔光の森公園で昔刑法ちゃんがお友達の輪に入れずに一人で泣いてたことがあってね。その時私が声をかけたの。そしたら公園で会うたびにあかりちゃんあかりちゃんって言いながら話しかけに来るようになったんだ。そんな感じで今では友達ってわけ。いやーあの時の刑法ちゃんはかわいかったなあ。あ、もちろん今もかわいいけどね?」

「ええ!今の刑法ちゃんのイメージと全然違う!普段すごいクールな感じなのに、ちっちゃいころの刑法ちゃんかわいいー」

「へえーいいこと聞いたな。顔真っ赤だぞ。かわいい刑法ちゃん」

刑法ちゃんの昔の話を聞いてギャップに驚く民訴ちゃんと、にやにやしながらいじる民法くん。

「あー!うるさいうるさい!早く事件解決の話聞くよ!」

「そうだった。刑法ちゃんに会ってつい話し過ぎちゃった。何について聞きたいの?」

口元に手を当ててくすっと笑うと、あかりさんは少し視線を足元に向けた。

「あかりちゃんは第一発見者の相沢さんについて何か知ってることはある?」

刑法ちゃんの質問に、あかりさんが足をぶらぶらと揺らしながら答える。

「相沢さんとは少し前から面識があって、彼女は南区二丁目にある美容院の店長をしてるよ。実は私の今の髪の毛も相沢さんに切ってもらったの」

少し自慢げにミディアムヘアーを持ち上げる。それに反射した夕方の太陽光が、刑法ちゃんの目に飛び込んだ。

「絶対に私たちが真相を解明するからね」

「どうしたの急に。もう刑法ちゃんたちがすごく真剣に考えてくれてることはわかってるよ」

「ほ、他には何かおかしなこととかなかったですか。相沢さんについてじゃなくても」

感動モードを始めた二人の間に、恐る恐る民訴ちゃんが話の続きを投げ入れる。

「んー。ああっ、そういえば事件の時、ガイコツを見たっていううわさがあったみたいで、相沢さんもそれらしいものを見たって言ってたなあ。不思議な話だけど、あの人が噓つくとは思えないし」

「ええっ!その話やっぱり本当だったんだ!」

いきなりとびこんできた今まで無かった声に全員がそちらを振り向く。

「遅刻刑訴が来たぞー」

「ご、ごめん。宿題終わってからじゃないと遊びに行っちゃだめって言われちゃって」

「やっぱり予想通りかー」

「でも来る途中でこんなの拾ったんだ。ほら」

そう言って開かれた刑訴くんの手のひらには、ガイコツの形をしたバッヂが横たわっていた。

「なにこれ」

「いや、なんかガイコツの話聞いてたから、事件に関係ありそうだなとか思って」

「そんなわけないでしょ。そのまま取ったら横領罪っていう犯罪になるから後で交番に届けなさいよ」

【刑法254条 落し物を自分のものにすると、占有離脱物横領罪になる。窃盗罪との違いは、物を取ったときに所有者が実際にその物を使用できる状態にあった(実力支配のうちにあった=占有があった)かどうか。ある場合は窃盗、ない場合は横領。他にも単純横領罪(同法252条)、業務上横領罪(同法253条)がある】

「ま、まあそのまま二十年持ち続ければ、法律上は自分のものになるから……」

【民法162条 他の人の物を他人の物と知らずに持っていた(平穏かつ公然に占有)場合は、十年。他人のものと知ってそれをしていた場合には二十年間他人の物を持っていると、それは自分のものになる。ただし時効の援用(相手に郵便で通知する、裁判で主張する等)が必要。(同法145条)】

「あんたはちょっと黙ってなさいよ」

「す、すんません……」

よく分からないことを言い出す民法くんを刑法ちゃんが制止する。すると、とつぜん辺りに笑い声が響き渡った。

「ごめん。なんかあんなに人見知りだった刑法ちゃんがこんな風に友達と話してるとこ見たら成長したなって感動しちゃって。嬉しさで笑いが込み上げてきちゃった」

「あかりちゃん……」

「私から話せることはもうないかな。よいしょっ」

そう言うとあかりさんはベンチから立ち上がって、ミナミショッピングモール入口にあった自動販売機のもとへ向かった。

「はいっ!あげる!」

両腕いっぱいに抱えた五本の缶をみんなに配り始めたあかりさん。

「これは私からのちょっとしたお礼。みんなで飲んで。一人一本ずつね」

にかっと笑った後で、彼女が刑法ちゃんの肩をぽんぽんと軽く押す。

「次はこの流れだと相沢さんに会いに行くんでしょ?ほら行った行った。早くしないと放課後なんてすぐに時間なくなっちゃうよ」

「うん!また時間あるとき遊ぼうね。相沢さんのところ行ってくる!」

「もちろんだよ!いってらっしゃい探偵さん」

叫びながら手を振る刑法ちゃんに続いて、民法くん、民訴ちゃん、刑訴くんも手を振り、最後に憲法ちゃんが軽く会釈をした。
ショッピングモールを後にする五人を眺めながら、あかりさんがぎゅっと唇をかむ。

「刑法ちゃんならほんとに事件を解決しちゃったりして。そしたらお父さんも……」

放たれた独り言は、喧騒の内でたった一人、彼女の心の中でこだました。


「バニラポタージュ……ってなんだよ」

相沢さんの美容院の道中、あかりさんに貰った缶ジュースの表記を見ながら首を傾げる民法くん。

「甘くて温かいんだよ」

それだけを言って躊躇なくバニラポタージュを飲み干す刑法ちゃんに民法くんが苦笑いを浮かべる。

「こういうのは試してみないと分からないよね」

それに触発されたのか、憲法ちゃんもプルタブを開け、口を付け始めた。

「なるほど、甘くてあったかい」

彼女がうししっと豪快に歯を見せ、それに続いて刑訴くん、民訴ちゃんもバニラポタージュを飲み始めた。

「うっ」

「……」

瞬間、二人が同時に口を抑え、下を向く。

「ほら、二人も美味しいって言ってる。民法も早く飲んだら?」

刑法ちゃんが煽り気味に、顔を傾け、缶を勧める。

「どこをどう見たらそうなるんだよ!」

「いいから飲みなさいよ、ほら」

「うおっ」

「……」

顔を真っ青にして、首を横に振る民法くん。何とかそれ飲み込んで、弱々しく言葉を放つ。

「も、貰ったもので言うのもなんだけど、あかりさんちょっと味覚おかしいんじゃ……」

「はあ!?あかりちゃんのことバカにすんの!?あかりちゃんに対する不敬罪で告発してやるわよ!」

民法くんの発言に怒り奮闘する刑法ちゃんが勢いで、民法くんが口をつけたバニラポタージュを飲み干す。

「廃止された刑罰持ってくんな!なっても侮辱罪とかだろ」

【刑法231条 日常でも会話に出やすい侮辱。侮辱罪が成立するには公然的に多数の人の前で侮辱発言をすることが必要。

名誉毀損罪(同法230条)との違いは、発言内容が抽象的か具体的かによる。"バカ野郎"などの抽象的なものは侮辱罪に、"あいつは全てのテストで0点を取った‪‪‪"︎︎などといった、具体的で社会評価を低下させるものは、例えそれが真実でも名誉毀損罪に当たる。

ただし、死者に対する名誉毀損罪は虚偽の具体的発言にのみ成立する】

「あ、間接ちっすしたー」

「うるせえ憲法!なんで刑法は勝手に俺のバニラポタージュ飲んでんだよ!」

「え、だって要らないんでしょ?」

「いや、そうだけど……」

顔を真っ赤にして、民法くんが抗議したところで、道の少し先に相沢美容院の看板が姿を見せた。

「あれだ!」

それを見た刑法ちゃんが声を上げて、そちらに走り出した。みんなも続いていく。

「いらっしゃいませ」

美容院の扉を開けると、入店ベルの音が鳴ると同時に、優しそうなお姉さんがこちらに顔を向けた。

「カットでよろしいですか?」

「いや、えっと、私たち、事件について聞きたくて。三島さん殺害の」

「ああ、そういうことですか。今ならお客さんいないからいいですよ」

「ありがとうございます!」

事情を話して納得してもらい、促された待合ソファに全員で並んで座った。

「さっそくなんですけど、三島さんの死体を発見した時に何か気になったこととかないですか」

刑法ちゃんの問いに、少し考えて、ゆっくり口を開く相沢さん。

「んー、そうですね。発見した瞬間驚いて、私も気が動転していたから、あまり詳しいことは言えないけど、警察が到着した時、うさぎの服とうさぎのサングラスを身につけた男の人が野球のバットが何とかっていう電話をしながら林の方に走っていったのを見ました。あの大きな川の近くにある林です」

「ありがとうございます。それは確かに怪しいですね」

刑法ちゃんがメモ帳に情報を書きながら相槌を打つ。

「それはただうさぎ好きな人が友達の電話に出ただけでは?」

それに対して余計なことを言う憲法ちゃんの口を民法くんが慌てて押さえた。

「あなた達は三島さんの事件を調査してるんですか?」

相沢さんが優しく微笑んで、首を傾げる。

「はい、私、あかりちゃんの友達で。依頼を受けて調査してるんです。この事件を解決するって約束したから」

納得したように、相沢さんが頷いた。

「ああ、あかりちゃんのお友達だったんですね。あの子、いつもここに来てくれるから、自分が見つけたご遺体が、あかりちゃんのお父さんだと知った時は私も衝撃でした。当然ですけど、その後から、彼女ずっと元気が無さそうで心配だったんです」

チャリリンという音とともに、店の扉が開いた。そこから高校生くらいの男の子がひょこっと顔を出す。

「カットお願いします」

それに相沢さんが立ち上がって、お客さんを出迎える。その隙に、ちらりと五人の方を向いて、断りを入れた。

「ごめんね、あんまり話せなくって。お客さん来ちゃったから」

「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみません」

「ううん。あかりちゃんに元気出して欲しいから、応援してる。頑張ってね」

刑法ちゃんがぎゅっと手のひらを握る。

「はい!ありがとうございます」

美容院をでると、みんなが顔を合わせて向き合う。

「これは早く林の周辺を見に行った方がいいな」

民法くんが提案して、それに一同が頷いた。彼を先頭にそちらの方角へ駆け出した。

「これが相沢さんが言ってた林か」

普通のコンクリートの道の右側に突然、薄暗い林が現れた。時々車は走っているが、人通りはほとんどない。全員で並んで、林の中を伺う。

「近くに犯人のアジトがあったらどうしよう。なんか暗くて雰囲気も怖い」

刑訴くんが、怯えながら、今にも逃げ出しそうにしていた。それに対して、

「すみませんそこ通りたくて」

突然後ろから声がかかり、一斉にそちらを見る。そこには頭にうさぎのサングラスをかけた男が立っていた。五人の間を縫って、林の中へ入っていく。

五人はそれを唖然とした様子で眺めていた。やがて男の影が見えなくなったところで、刑法ちゃんが大きな声をあげた。

「なんで!?この林の奥は、小さな家が一軒あるだけ。それにこの林は立ち入り禁止で、入ると怖いおじさんに怒られるのに」

「え、もしかして刑法ちゃんこの林入って怒られたことあるの?」

憲法ちゃんが刑法ちゃんに突っかかった。それに刑法ちゃんは隠すように顔の前で手を振る。

「む、むかしのこと!ほんとにちっちゃい時。かわいい蝶々追いかけてたらたまたま入っちゃっただけ」

「へえ」

あまり納得行かない様子で、口を尖らせる憲法ちゃん。そこで、今まで黙っていた民法くんが思いついたようにばっと顔を上げた。

「まさか!囲繞地通行権か!?」

「いにょうちつうこうけん……?」

なんだか難しい言葉を発した民法くんに、民訴ちゃんが首をかしげた。

「そう。もし自分の家が林の中にあったとしたら、お出かけに行く時どうする?」

「どうって、普通に林を通り抜けてコンビニに行くかな。お母さんかお父さんの車に乗せてもらって」

民訴ちゃんがますます不思議そうな顔をして、民法くんの質問に答えた。

「もちろん俺も同じようにする。でも、よく考えてみて。その林って実は他に持ち主がいるんだ。今回だったら、刑法の言った怖いおじさんが林の持ち主だ。そして、他人の家に勝手に入っちゃだめなのと同じで、林にも勝手に入っちゃいけない」

民訴ちゃんがこくこくと頷き、それに合わせて説明が続く。

「けど、例外がある。その林みたいに、そこを通らないと外に出られない家に住んでいる場合だ。その時は、特別に本来通っちゃいけない他の人の場所を通って外に出ることができる。それが囲繞地通行権だ」

【民法210条1項 民法くんの説明の通り、他人の土地に囲まれて、公道に出ることができない土地を所有している人は、公道に出るために、その土地を通行することができる。囲まれている土地を袋地、囲んでいる土地を囲繞地と言う】

「なるほど。じゃあこの林の奥にある家が、あのうさぎサングラスの人の家で、普通の人は通れない林に入っていくことができたってことね」

「正解。そして、これはあくまで俺の推測だけど、隠れ蓑としては最適だと思わないか?普通の人はこの林の中には入れないなら、証拠も犯人の姿も見つかりにくい」

「たしかに、そうだな」

民法くんの推理に対して、聞きなれないドスの効いた声が辺りに響き渡った。林の中から、ゆったりとうさぎのサングラスをした男が姿を見せた。手には一部へこんだ金属バットを持っている。

「死んでもらおう」

男はそう言って近くにいた民訴ちゃんに向かってバットを振りかざす。

「正当防衛!!」

瞬時、刑法ちゃんが落ちていた太枝を拾い、金属バットに対抗した。そこからミシミシっと鈍い音がする。その隙に、民法くんが男に向かって体当たりをすると、彼はふらふらっとよろめいた。

【刑法36条 急迫不正(差し迫っていて違法)の侵害に対して、自分や他の人の権利を守るために、やむを得ずした行為であれば、正当防衛が成立するため、犯罪行為にならない。やり過ぎると過剰防衛になる。正当防衛によって、守られた権利と侵害された権利が同じくらいまでであれば良いとされるが、個別の状況に左右されるため、厳格な基準はない。

民法720条 正当防衛をした人はその行為について損害賠償請求されない】

男が立ち直る間に、腰を抜かして座り込んでしまった民訴ちゃんを民法くんが抱きかかえ、皆で近くの交番まで全力疾走した。

「すみません!」

交番の扉を開けると、中にいた警察官二人がこちらを振り向いた。

「私たち今バットを持ったうさぎサングラスの男に殴られそうになって……」

慌てて喋り始めた刑法ちゃんを憲法ちゃんが制止して、前に出る。そのまま警察官に聞かれたことを答えていく。

「それで、事件の調査をしに林へ向かったところ、男が現れてバットで殴られそうになったと」

「はい」

椅子に座らせてもらい、少し様態が安定してきた民訴ちゃんの背中を民法くんがさすっている。

その時の様子は覚えてるかな?男の特徴とか辺りで気になったこととか」

「男は身長が高くて、うさぎのサングラスをかけていて、あと、バットは赤色で、使われてたのか一部へこんでいました」

「わかった。ありがとう。君たちはもう危ないから帰りなさい。外も暗くなってきてる」

それに従い、刑法ちゃん以外の四人が警察官に背を向けた。

「どうしたの刑法ちゃん。はやくいくよ」

何故かその場でじっと黙り込んで俯く刑法ちゃんの肩を、刑訴くんが揺すった。耳を澄ますと、ぶつぶつと一人で何かを言っている。

「へこんだバット……へこんだ部分、それがもし犯人が三島さんを殴った跡だったとしたら。三島さんはどこかで殴られたあと、街中の電柱にぶつかったことになる……」

「あ……」

刑法ちゃんと刑訴くんの声が重なる。

「介在……事情」

その声に警察官が二人を見た。

「警察の方なら知っているはずです。もしあの男がバットで三島さんを殴ったとしたとき、離れた電柱の近くで亡くなくっていた理由を説明する方法」

刑法ちゃんに続けて、刑訴くんが口を開く。

「三島さんは即死じゃ無かった。林の中にある家でバットによって殴られた三島さんは、逃げるために外に出た。しかし金属バットで殴られた直後じゃ普通に歩けるわけがない」

「そのまま朦朧とした意識のなか歩いて、目の前の電柱にぶつかった。そして、それが引き金となって、三島さんはその場で倒れた。そう考えたら、辻褄が合いますよね?」

「そう、だね」

警察官は何故か焦ったような顔をして、二人の推理に頷いた。

「でもそれは仮説に過ぎない。証拠は無いから、できればその方向で捜査してみるよ。ほら、はやくお家に帰って」

刑法ちゃんがカタンっと交番の扉を後ろ手で閉めた。外は既に日が落ちていて、電柱が道先を照らしていた。

それからしばらく経った朝、一時間目の授業開始よりもかなり前の教室に探偵団のメンバーが集合していた。

「今日のニュースみた!?」

「みたよ!刑法ちゃんと刑訴くんすごい!」

今日の朝、例の男が警察に取り囲まれる映像と共に、殺人の容疑で逮捕されたというニュースが全国で放送された。三島さん殺害の経緯は、刑法ちゃんと刑訴くんの推理通りだった。彼は自分の容疑を全面的に認めており、三島さんと道端でぶつかったことにイラついてやったと供述していたらしい。

【刑法199条 人を殺すと殺人罪になることは大半の人が知っていると思う。人を殺すことを成し遂げなかった場合は殺人未遂罪になる。(同法199条、203条)

ウサギ男は三島さんを殺すつもりで殴ったが、実際に三島さんが死んだのは電柱にぶつかった時である。今回のように、第一行為(本作ではウサギ男が三島さんをバットで殴ったこと)から死に至るまでの途中で介在事情(三島さんが電柱にぶつかったこと)があった場合に第一行為を殺人罪にできるかの判断については、判例が、その行為に人を死に至らせる危険性があり、実際に結果が発生(殺人罪であれば人の死)していれば殺人罪(因果関係)を肯定できるとする学説を採用している。(危険の現実化説と言う)

他にも学説は多数あるが、ここでは割愛する。

参考判例:最決平成2年11月20日刑集44巻8号837頁(大阪南港事件)】

「これで事件の真相が明かされて一安心だね」

「でも、まだわからないよ。あの人が犯人だって決まったわけじゃないから」

刑訴くんがぽつりとぼやく。

「あの人は逮捕されたんじゃないの?」

「逮捕された直後はまだ犯人じゃないんだよ。その後裁判をして、そこで犯罪者だって決められてようやく犯人になる。それまでは被疑者とか容疑者って呼ばれるんだ」

「そうなんだ」

「もう難しい話はいいやーおやすみー」

民訴ちゃんと刑訴くんの会話に憲法ちゃんが横槍を入れた。

「おい憲法!せっかく事件解決の話してるとこだってのに

「これくらいの方が憲法ちゃんらしくていいかもね」

「まあそうかもな」

そう言ってふふっと笑う民訴ちゃんに民法くんが軽く納得した。

「あ、そういえばこれどうしよう」

思い出したようにゴソゴソと刑訴くんがポケットをあさり、そこからガイコツの形をしたバッヂを取り出した。

「はあ!?あんたまだこれ持ってたの?なんで交番行った時に警察に渡してこなかったの!もういい、私が預かってるわ」

そう言って、刑法ちゃんが刑訴くんの手からそれを取り上げる。

刑法ちゃんは、今朝のニュースを見た時から、ずっとうずうずしていた。はやく、事件の解決をあかりちゃんに伝えたくて仕方なかったのだ。

それから、うんざりするほど長い学校の授業をやり終えると、いつものように全員で集合し、そこにスマホであかりさんを呼んだ。刑法ちゃんの提案で、あまり人のいない小さな公園を選んだ。

「お待たせ」

現れたあかりさんは制服姿で、学校終わりにそのまま向かって来たようだった。

「あかりちゃん!」

刑法ちゃんが一番に反応して、あかりさんの名前を呼んだ。

「私、みんなと協力して、あのウサギ男、見つけたんだよ」

それを言うと、あかりさんは微笑んで、刑法ちゃんの頭を撫でた。

「今日ニュースで見たよ。ありがとね。ほんとに、ありがとう」

あかりさんは優しく微笑みながら、感謝を述べた。けれど、刑法ちゃんには、それの笑顔がどこか、苦しそうに見えた。

「あかりちゃん……?」

その違和感に首を傾げると、次第にあかりさんの顔が崩れていって、ほろりと涙を流し始めた。

「私、お父さんを殺した犯人をずっと見つけたかった。許せなかった。でも、今日逮捕されたニュースを見て、話を聞いて、もっと、許せなくなった。そんなしょうもないことで、お父さんの人生は、私たちの人生は壊されなきゃいけなかったの?って」

あかりさんが拳を握る。爪が手のひらに食い込む程の強い力だった。

「ごめん、急にこんなこと言われても困るよね。私ちょっと疲れてるみたい。来たばっかりだけど、私もう帰るね」

ふと我に返ったあかりさんは、再度刑法ちゃんにお礼を言うと、逃げ出すようにしてこの場を立ち去った。

その時初めて刑法ちゃんは自分のしてきたことが、良いことなのか、悪いことなのか分からなくなってしまった。ずっと犯人を見つけようと調査を進めてきた。けれど、それによって、あかりさんをより苦しめてしまった。

そう思うと、何が正解だったのか、もしかしたら犯人なんて探さない方が良かったのではないか。そんな葛藤が、もくもくと刑法ちゃんの心を覆う。

あかりさんの出ていった方を見つめたまま突っ立っていると、近くに人影がやってきた。ふいに頭がじんわりと暖かくなる。

民法くんが刑法ちゃんの頭にぽんっと手を乗せた。目元は前髪で陰っていて伺えない。

「自分の意義を見失うんじゃない。正しいと思った道を突き進んでいけばいいよ。もし迷っても、俺らがいるしな」

「そうだよーん。もし刑法ちゃんが道を間違えて、どうしようもなくなった時は私が全部受け止めてあげる」

憲法ちゃんが鼻をほじりながら得意げに豪語した。

「ありがとう」

少しほっとした様子で刑法ちゃんが頷いた。

憲法ちゃんが刑法ちゃんの手を取り、それにみんなが続く。全員で手を繋いでならび、公園の真ん中に集まった。

「とりあえず法律探偵団、事件解決ってことで」

憲法ちゃんの掛け声とともに、みんなで繋いだ手を上にあげた。