——“いい子やってるだけ”
——“二歳の頃から、お兄ちゃん”
——“我慢もできる子で”
言葉が、頭の中で重なっていく。
教室の中で、トワくんは今日も変わらない。
誰かが困れば、先に気づいて、何も言わずに動く。
その姿は、やっぱり“できる子”で。
でも、今は違って見える。
——この子は、そうしてきただけ。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとした。
「これできなーい」
別の子の声に、トワくんがすぐ反応する。
「ここ、こうやるんだよ」
いつも通りの声。
でもその横顔を見ながら、
「トワくん」
呼びかける。
「なに?」
「ちょっと先生に任せて」
トワは一瞬だけ不思議そうな顔をした。
「……べつに、教えられるけど」
「うん、知ってるよ。でもこれは先生のお仕事だから」
やわらかく返す。
少しだけ間があって、
「……わかった」
制作の時間
子どもたちが自由に絵を描いている。 トワくんは、いつも通り丁寧に色を塗っていた。 はみ出さないように、静かに。 私は、その隣に座る。
「なに描いてるの?」
「……公園」
「そっか」
少しだけ覗き込む。 家族の絵だった。 小さな人が二人、大きな人が二人。 そして、少しだけ離れたところに、もう一人。
——トワくん、かな。
「これ、トワくん?」
「……うん」
「なんでちょっと離れてるの?」
何気なく聞いた。 トワくんは少しだけ手を止めて、
「……こっちの方が見やすいから」
と答えた。
その言葉に、胸が、きゅっとした。 その瞬間、ふっと、イメージが浮かぶ。 まだ小さいトワくん。二歳くらいの、小さな体。 隣には、泣いている赤ちゃん。母親はその子を抱いていて、父親は何かをしていて、トワくんは、少しだけ離れたところに立っている。泣いていない。何も言わない。 ただ、見ている。そんな絵だった。
——ぼくがやらなきゃ。
そんなふうに、まだ言葉にもならない思いで、“お兄ちゃん”になった子。
「トワくん」
気づけば、名前を呼んでいた。
「なに?」
いつもの返事。
でも、その奥にあるものを、今は知っている。
「ちょっと、いい?」
「……うん」
トワくんはペンを置いた。 私は、そっとその手を取る。 少しだけ、小さくて、少しだけ、冷たい手。
「いつも」
言葉を選びながら、続ける。
「いろいろやってくれてるよね。ありがとう」
「……べつに」
少しだけ、笑って言う。
「先生、ちゃんと見てるから」
トワくんは、何も言わない。
でも、目を逸らさなかった。
「トワくんも、やりたくないときは『やだ』って言っていいんだよ」
その一言に、トワくんの目が、少しだけ揺れた。
ほんの一瞬。
「……なんで?」
小さな声。
「ん?」
「……なんで、いいの?」
その問いが、この子の全部を表している気がした。
「だって」
私は、ゆっくり答える。
「トワくんは、まだ子どもだから」
当たり前のこと。
でも、この子には、少しだけ遠かった言葉。
トワくんは、何も言わなかった。
ただ、じっとこちらを見て、
それから、
「……うん」
小さく、そう言った。
——“二歳の頃から、お兄ちゃん”
——“我慢もできる子で”
言葉が、頭の中で重なっていく。
教室の中で、トワくんは今日も変わらない。
誰かが困れば、先に気づいて、何も言わずに動く。
その姿は、やっぱり“できる子”で。
でも、今は違って見える。
——この子は、そうしてきただけ。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとした。
「これできなーい」
別の子の声に、トワくんがすぐ反応する。
「ここ、こうやるんだよ」
いつも通りの声。
でもその横顔を見ながら、
「トワくん」
呼びかける。
「なに?」
「ちょっと先生に任せて」
トワは一瞬だけ不思議そうな顔をした。
「……べつに、教えられるけど」
「うん、知ってるよ。でもこれは先生のお仕事だから」
やわらかく返す。
少しだけ間があって、
「……わかった」
制作の時間
子どもたちが自由に絵を描いている。 トワくんは、いつも通り丁寧に色を塗っていた。 はみ出さないように、静かに。 私は、その隣に座る。
「なに描いてるの?」
「……公園」
「そっか」
少しだけ覗き込む。 家族の絵だった。 小さな人が二人、大きな人が二人。 そして、少しだけ離れたところに、もう一人。
——トワくん、かな。
「これ、トワくん?」
「……うん」
「なんでちょっと離れてるの?」
何気なく聞いた。 トワくんは少しだけ手を止めて、
「……こっちの方が見やすいから」
と答えた。
その言葉に、胸が、きゅっとした。 その瞬間、ふっと、イメージが浮かぶ。 まだ小さいトワくん。二歳くらいの、小さな体。 隣には、泣いている赤ちゃん。母親はその子を抱いていて、父親は何かをしていて、トワくんは、少しだけ離れたところに立っている。泣いていない。何も言わない。 ただ、見ている。そんな絵だった。
——ぼくがやらなきゃ。
そんなふうに、まだ言葉にもならない思いで、“お兄ちゃん”になった子。
「トワくん」
気づけば、名前を呼んでいた。
「なに?」
いつもの返事。
でも、その奥にあるものを、今は知っている。
「ちょっと、いい?」
「……うん」
トワくんはペンを置いた。 私は、そっとその手を取る。 少しだけ、小さくて、少しだけ、冷たい手。
「いつも」
言葉を選びながら、続ける。
「いろいろやってくれてるよね。ありがとう」
「……べつに」
少しだけ、笑って言う。
「先生、ちゃんと見てるから」
トワくんは、何も言わない。
でも、目を逸らさなかった。
「トワくんも、やりたくないときは『やだ』って言っていいんだよ」
その一言に、トワくんの目が、少しだけ揺れた。
ほんの一瞬。
「……なんで?」
小さな声。
「ん?」
「……なんで、いいの?」
その問いが、この子の全部を表している気がした。
「だって」
私は、ゆっくり答える。
「トワくんは、まだ子どもだから」
当たり前のこと。
でも、この子には、少しだけ遠かった言葉。
トワくんは、何も言わなかった。
ただ、じっとこちらを見て、
それから、
「……うん」
小さく、そう言った。

