ツンデレ男児 ― 本音を出したら、ちゃんと届いた ―

夕方

保育園から帰ると、家の中は少しだけ静かだった。

「ただいま」

トワがそう言うと、キッチンから母親の声が返ってくる。

「おかえり。手、洗ってきてね」

「うん」

カバンを置く前に、手を洗う。
それはもう、習慣みたいなものだった。
リビングに戻ると、小さな体がソファの上で丸まっていた。

「……ワク」

近づくと、弟は少しだけぐずっていた。

「おにいちゃん……」

「どうしたの」

「ねむい……」

トワは少しだけ考えてから、

「寝ればいいじゃん」

と、いつもの調子で言った。
でもそのあと、

「ほら、こっち」

そっとクッションを引き寄せて、ワクの頭を乗せる。
小さな手が、トワの服をぎゅっと掴んだ。
トワは一瞬だけ止まって、

——まあ、いいか。

そのままにしておいた。

「トワ、ごめんね」

母親が少し申し訳なさそうに言う。

「ちょっと今、手が離せなくて」

「いいよ」

すぐに返す。

「ぼくが見るから」

母親は少しだけほっとしたように笑った。

「ありがとう、助かる」

「……うん」

トワはそれ以上何も言わなかった。
ワクの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
そのリズムに合わせるみたいに、トワも静かに座っていた。
しばらくして、

「トワ、おやつあるよ」

母親が声をかける。

「……あとでいい」

「先に食べていいよ?」

「いい」

短く答える。
ワクの手は、まだ離れない。

——起きるかもしれないし。

そう思って、動かなかった。
テレビの音が、小さく流れている。
キッチンの音も、いつも通り。
特別なことなんて、何もない。
普通の家。
ちゃんとごはんもあって、ちゃんと声もかけてもらえる。
ちゃんと、愛されている。
ワクの手が、少しだけ強く握られる。

「……おにいちゃん」
 
眠ったまま、小さく呼ぶ声。
トワは少しだけ目を伏せて、

「……なに」

小さく、そう返した。
聞こえていないとわかっていても。
そのまま、しばらく動かない。

——別に。
これくらい、当たり前だし。

そう思いながら、トワは静かに座り続けた。