発表会の日
教室の中は、少しだけいつもと違う空気だった。
緊張と、わくわくと。
子どもたちの表情も、どこか引き締まっている。
「トワくん、準備いい?」
「……うん」
いつもより少しだけ静か。
でも、しっかり前を見ている。
発表が終わったあと。
トワくんは、いちか先生のところへ来た。
「せんせい」
「ん?」
「ちゃんとできた」
「うん、すごくよかったよ」
そう言うと、トワくんは少しだけ間を置いて、
「……いちか先生、すき」
ぽつりと、言った。
一瞬だけ、時間が止まる。
でもすぐに、
「ありがとう」
やわらかく返す。
トワくんはそれ以上何も言わず、 少しだけ頷いた。
それから。
遠足の日
運動会の日
クリスマス会のあとも。
トワくんは、小さな声で、
同じ言葉をくれた。
「……いちか先生、すき」
そのたびに、
「ありがとう」
そう返してきた。
それが一番自然で、
それが一番、間違ってないと思っていた。
でも。
職員室
少しだけ人が少ない時間。
「……アイカ先生」
「んー?」
「ちょっといいですか」
振り返ったアイカ先生は、いつもの顔だった。
「トワくんが」
言葉を選ぶ。
「イベントのあとに、“すき”って言ってくれるんです」
「ほー」
興味深そうな声。
「今は“ありがとう”って返してるんですけど」
「うん」
「それでいいのかなって……」
少しだけ、迷いがにじむ。
アイカ先生は、少し考えてから、
「いいと思うけど?」
あっさり言った。
「え?」
「“ありがとう”で十分」
机に肘をつきながら続ける。
「あの子の“好き”って、そういうのとは違うと思うよ。
それはいちか先生もわかってるでしょ?だから『ありがとう』って返してるし、あの子もそれ以上は何も言わない」
「はい」
「“安心する”とか“この人がいい”って意味だから」
言葉が、すっと入ってくる。
「だから」
少しだけ真面目な声になる。
「否定しないことが一番大事」
「……」
「そして」
さらに続ける。
「変に返そうとしなくていい」
「……変に?」
「『 先生も好きだよ』とか言い出したらややこしくなるでしょう?」
少しだけ笑う。 思わず、苦笑する。
「たしかに……」
「“ありがとう”って」
アイカ先生は言う。
「ちゃんと受け取ってるってことだから……まあ本人もそういう返事を求めてないと思うけど、言うなら『先生もみんなのこと大好きだよ』って言ってあげて」
その言葉に、 少しだけ肩の力が抜けた。
——いつもはこんなこと思わないんだけどな
「それで」
「はい」
「そのうち、本当に“好き”の意味」
一拍おいて、
「その子、自分で分かるようになる」
——ああ。 そういうものなんだ。
「……ありがとうございます」
「おん」
いつもの軽い返事。
そのあと。
教室に戻ると、 トワくんがこちらを見ていた。
「いちか先生」
「ん?」
「……また、あとで言う」
——あの言葉を。
一瞬、何のことか分からなくて、
すぐに気づく。
「……うん」
少しだけ笑って答える。
トワくんは、小さく頷いた。
教室の中は、少しだけいつもと違う空気だった。
緊張と、わくわくと。
子どもたちの表情も、どこか引き締まっている。
「トワくん、準備いい?」
「……うん」
いつもより少しだけ静か。
でも、しっかり前を見ている。
発表が終わったあと。
トワくんは、いちか先生のところへ来た。
「せんせい」
「ん?」
「ちゃんとできた」
「うん、すごくよかったよ」
そう言うと、トワくんは少しだけ間を置いて、
「……いちか先生、すき」
ぽつりと、言った。
一瞬だけ、時間が止まる。
でもすぐに、
「ありがとう」
やわらかく返す。
トワくんはそれ以上何も言わず、 少しだけ頷いた。
それから。
遠足の日
運動会の日
クリスマス会のあとも。
トワくんは、小さな声で、
同じ言葉をくれた。
「……いちか先生、すき」
そのたびに、
「ありがとう」
そう返してきた。
それが一番自然で、
それが一番、間違ってないと思っていた。
でも。
職員室
少しだけ人が少ない時間。
「……アイカ先生」
「んー?」
「ちょっといいですか」
振り返ったアイカ先生は、いつもの顔だった。
「トワくんが」
言葉を選ぶ。
「イベントのあとに、“すき”って言ってくれるんです」
「ほー」
興味深そうな声。
「今は“ありがとう”って返してるんですけど」
「うん」
「それでいいのかなって……」
少しだけ、迷いがにじむ。
アイカ先生は、少し考えてから、
「いいと思うけど?」
あっさり言った。
「え?」
「“ありがとう”で十分」
机に肘をつきながら続ける。
「あの子の“好き”って、そういうのとは違うと思うよ。
それはいちか先生もわかってるでしょ?だから『ありがとう』って返してるし、あの子もそれ以上は何も言わない」
「はい」
「“安心する”とか“この人がいい”って意味だから」
言葉が、すっと入ってくる。
「だから」
少しだけ真面目な声になる。
「否定しないことが一番大事」
「……」
「そして」
さらに続ける。
「変に返そうとしなくていい」
「……変に?」
「『 先生も好きだよ』とか言い出したらややこしくなるでしょう?」
少しだけ笑う。 思わず、苦笑する。
「たしかに……」
「“ありがとう”って」
アイカ先生は言う。
「ちゃんと受け取ってるってことだから……まあ本人もそういう返事を求めてないと思うけど、言うなら『先生もみんなのこと大好きだよ』って言ってあげて」
その言葉に、 少しだけ肩の力が抜けた。
——いつもはこんなこと思わないんだけどな
「それで」
「はい」
「そのうち、本当に“好き”の意味」
一拍おいて、
「その子、自分で分かるようになる」
——ああ。 そういうものなんだ。
「……ありがとうございます」
「おん」
いつもの軽い返事。
そのあと。
教室に戻ると、 トワくんがこちらを見ていた。
「いちか先生」
「ん?」
「……また、あとで言う」
——あの言葉を。
一瞬、何のことか分からなくて、
すぐに気づく。
「……うん」
少しだけ笑って答える。
トワくんは、小さく頷いた。

