国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

 それからは再び本の世界へ戻っていった。
 ページをめくるたびに、脳裏に鮮やかな情景が描き出される。登場人物たちが言葉を交わし、涙を流し、時には怒りに身を震わせる。目まぐるしく展開していく物語に、ロゼッタは深く胸を打たれていた。

 けれど、楽しいひと時はいつか終わりを迎える。
 閉館を告げる鐘の音に急かされるように外へ出ると、空は茜色に染まっていた。夕方の冷たい風がふたりの髪を揺らす。

「この四日間、本当に楽しかったよ。僕の休暇も、今日で終わりだ」

 清々しく、満ち足りた表情でエドガーは言った。

「明日からは仕事だから、しばらくここには来られないと思う」
「そうですか。お仕事頑張ってください」

 胸にぽっかりと穴が開いたような、埋めようのない寂しさを感じながら、ロゼッタは精一杯の笑顔を浮かべ、深く頭を下げた。
 ふたりの時間を切り裂くように、一台の馬車が傍らに止まる。

「じゃあ、またね、ロゼッタ」

 エドガーが別れを告げて乗り込むと、馬車は颯爽と走り出し、夕暮れの街並みへ消えていく。その車体が見えなくなるまで、ロゼッタは神妙な面持ちで見送った。

(そうよ。私もそろそろ今後のことを考えないと)

 現在のロゼッタは、住所不定の無職だ。エドガーに「君はどの辺りに住んでいるの?」と聞かれたら言葉を詰まらせていただろう。
 合否の結果をただ待っているほど、今のロゼッタに余裕はない。そろそろ現実と向き合い、職探しを始めなくてはならないのだ。

(確か宿屋の掲示板に求人のチラシがたくさん貼ってあったはず)

 近くの店でクリームリゾットとサラダを買い込み、ロゼッタは帰路についた。

「おかえり、ロゼッタさん。あんた宛てに手紙が届いてるよ」

 宿に戻ると、店主から一枚の封筒を差し出された。

(王城からだわ……!)

 待ちに待った手紙を前に、心臓が大きく跳ねる。自室へ戻り慎重に封を切ると、上質な便箋には筆記試験合格の報せが記されていた。

「やったぁ、合格!」

 喜びに浸っていたのも束の間、続く一文に目を留めたロゼッタは、ぴたりと動きを止めた。
 ──最終面接につき、明朝、王宮より馬車にてお迎えに上がります。

(あれ……? 面接なんてあったかな)

 求人チラシの内容を思い返すが、そんな項目はどこにもなかったはずだ。筆記試験さえ通れば採用だと思い込んでいただけに、再び強い緊張が押し寄せてくる。
 募る不安を抱えたまま朝を迎え、ロゼッタは指定された時間に宿屋の前で待っていた。
 やがて、軽やかに石畳を叩く蹄の音が聞こえてきた。目を向けると、純白の馬車がこちらへ向かってまっすぐにやって来るのが見える。
 ロゼッタの前でぴたりと止まり、ゆっくりと扉が開いた。中からひとりの人物が姿を現すと、軽やかな足取りでその場に降り立つ。

「おはようございます、ロゼッタ様」
「ユーグさん?」

 透き通るような銀髪が朝日に照らされて眩しく輝く。状況が吞み込めず、怪訝そうに見つめるロゼッタに、ユーグは恭しく頭を下げた。

「王城までお連れいたします。さあ、こちらへ」
「は、はい」

 差し出された手を取り、ロゼッタは困惑しつつ馬車の中へ乗り込んだ。

「…………」
「…………」

 規則正しく揺れる車内で、ロゼッタは手のひらに汗が滲むのを感じていた。面接に対する緊張のせいだけではない。

(空気が重すぎる……!)

 先ほどから一言も発さないユーグを前に、息が詰まるような心地だ。長い沈黙に耐え切れず、ロゼッタは勇気を振り絞って口を開いた。

「あの……今日は何人くらい面接を受けるんですか?」

 その問いに、切れ長な藍色の瞳がこちらに向けられる。

「あなただけです」
「私だけ?」
「はい」

 そこで会話はぴたりと途切れてしまった。

(嫌われているわけではなさそうだけど)

 ユーグから悪意や敵意といった負の感情は感じられない。けれど、その事務的な雰囲気に気圧され、これ以上話しかけることはできなかった。

(にしても……面接は一日にひとりずつ行うのね)

 文官の採用試験とはこれほど慎重なものなのかと、ロゼッタは少しだけ訝しむ。その後、ユーグとは一言も言葉を交わすことなく、馬車は王城に到着した。

「面接会場までご案内いたします」

 ユーグの後に続いて、先日も歩いた廊下を進んでいく。カツコツと響き渡る硬質な靴音が、ロゼッタの緊張をさらに煽るようだった。
 幾つかの角を曲がり、華やかな庭園を望む渡り廊下を抜けると、その先にはベージュ色の扉がぽつんと佇んでいた。

「こちらです」

 ユーグが扉を開き、中へ入るように促す。

(絶対に合格してみせる!)

 決意をみなぎらせながら、ロゼッタは「失礼します」と室内に足を踏み入れた。広々とした部屋には、数名の面接官が威厳を湛えた様子で椅子に腰かけている。
 けれど、中央に視線を移した瞬間、ロゼッタは目を疑った。

「エ、エドガーさん……!?」