国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

(さて、次はどの本にしましょうか)

 王城での試験から数日後。ロゼッタは国立図書館で読書三昧の日々を送っていた。
 というのも、待てど暮らせど試験の結果が届かないのだ。現在滞在している宿の住所を記載したはずだが、まったく音沙汰がない。

(解答欄は前部埋めたけど……)

 不採用であっても合否の通知くらいは届くはずだ。ひょっとしたら、王城側で何らかのアクシデントがあったのかもしれない。
 最初の二日間こそ宿屋で待機していたものの、ずっと引きこもっていては気が滅入ってしまう。
 そんなわけで、ロゼッタは気分転換に宿と図書館を往復する日々を過ごしていた。

「あら、君今日も来たんだねぇ」

 ロゼッタに声をかけたのは、数日前に出会った司書である。毎日通い詰めているうちに、すっかり顔を覚えられてしまった。

「はい。本を読んでいる間は、余計なことも忘れられるので」
「試験の結果、まだなんだっけ。まあ、そのうち届くんじゃないかな。王城の求人だもの、そこはしっかりしてるよ」
「私もそう思うんですけど。あ……それから、ちょっと聞いてもいいですか?」

 ロゼッタは、数日前からずっと気になっていたことを尋ねた。

「こちらの図書館なら、どんな本でも読めるって本当ですか? ……例えば、魔導書とかも」
「魔導書?」

 ロゼッタの問いに、司書は一瞬きょとんとしてから、「まさか」と顔の前で手を振った。

「あんな貴重なものは、流石に置いてないよ。もし見つかったら、王軍が飛んできて城に持っていっちゃうだろうね。今のルミナリア王国には、魔導書なんて一冊も現存してないわけだし」

 魔導書。
 それは火などを起こし、天候さえ操るなど、人知を超えた力を発動させる禁忌の書物だ。かつては数多く存在していたとされるが、その殆どが戦火によって消失し、今や世界に数冊ほど残るのみ。
 経年劣化によって魔力も薄れ、もはやその力も使えないに等しい代物だが、高い希少性から国宝として扱われている。

「そうなんですね。すみません、変なこと聞いちゃって」
「あはは、でも気持ちはわかるよ。古の力ってなんかこうロマンがあるよね。本好きなら一度は手に取ってみたいと思うのは当然だよ。あ、僕仕事に戻らなきゃ。じゃあ、またね」

 そそくさと去っていく司書を見送り、ロゼッタもまたある書架へと向かう。
 そこは、今から千年以上も前に使われていた古代文字『レクティオ語』で綴られた古書ばかりが並ぶコーナーだった。

(そういえば、この間の試験もレクティオ語ばっかりだったわ。どちらかと言えば、基礎的な問題ばかりだったけど)

 仕事の内容も、きっと関係しているはず。そう考えを巡らせていると、背後から聞き覚えのある声が届いた。

「やあ。また会ったね、ロゼッタ」
「エドガーさん!」

 うっかり大きな声が出てしまい、ロゼッタははっとして指先で口元を押さえた。本日はひとりで来ているのか、ユーグの姿は見当たらない。

「すみません、つい……先日は助けていただいてありがとうございました」
「礼を言われるほどのことじゃないよ。それより、この棚に興味があるなんて変わってるね。もしかして、君はこの時代の文字が読めるの?」

 そう言って、エドガーは本棚に視線を移した。

「はい。祖父に教わったんです。古い本ばかり集めている人だったので、私も自然と興味を持つようになって」
「ふぅん……」

 ロゼッタが事もなげに答えると、エドガーは棚から一際色褪せた本を抜き取る。

「それじゃあ、ちょっとした問題だ。これはどういう内容かわかるかな?」

 ロゼッタは本を受け取ると、ぱらぱらと流すようにページをめくった。

「ええと……こちらは、古代の哲学者キケロスの思想について纏めた本ですね。『国は市民なくして国にあらず、人は高潔さと誠実さなくして人にあらず』……そういった国家と個人のあり方について説いています」
「正解。じゃあ、これはどうかな?」

 次にエドガーが選んだのは、複数人の詩を載せた詩集だった。その後も、歴史書や医学書など異なるジャンルの本を差し出されるが、ロゼッタはすんなりと答えていく。

「……驚いたな。君の知識の深さは、並の学者など足元にも及ばないレベルだ。なんだか、少し怖くなってきたよ」
「そ、そんな大層なものでは……」

 尊敬を通り越して畏怖の眼差しを向けられ、ロゼッタは少し反応に困った。

「……だけど、君にこれほどの知識を授けたおじい様も、並外れた御仁のようだね。彼はいったい何のためにレクティオ語を究めたんだい?」

 棚に書物を戻しながら、エドガーが尋ねる。ロゼッタは開きかけた口を閉じ、一拍置いて再び開けた。

「さあ……とにかく変わった人でしたから、ただの道楽だったのかもしれません」
「…………」

 納得がいっていないようで、探るような視線がロゼッタに突き刺さる。

(気まずっ)

 引きつった笑みのまま固まっていると、ふっとエドガーの目つきが和らいだ。

「古代文字の話はこれくらいにしようか。君、こういう本は好きかな?」

 近くにある書架から一冊の本を抜き出す。その表紙を見た瞬間、ロゼッタの瞳は大きく揺れた。