国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」

 去りゆく馬車を見送ってから、ロゼッタはゆっくりと辺りを見渡す。

(ついに来ちゃった、ルミナリア王国……!)

 子供の絵本に出てくるような、カラフルで可愛らしい家々が立ち並ぶ街並み。初めて訪れたはずなのに、どこか懐かしさを感じる風景に思わず頬が緩む。
 ここからは自分の足で進まなければならない。
ロゼッタは地図を広げ、人々に道を尋ねながら軽快な足取りで石畳を踏み締めていく。隣国の言葉であるルミナリア語は完全にマスターしていたため、現地の人々とのやり取りもスムーズに運んだ。

 そして陽気な鼻唄を歌いながら、角を曲がったその時だった。

「……えっ!?」

 目の前に現れたのは、白い外壁が眩しい巨大な建築物だった。色とりどりの花壇が足元を彩り、甘い香りが風に乗って運ばれてくる。

(ちょっと待って、ここが国立図書館なの!?)

 もはや図書館というより一国の王城である。その壮麗さに圧倒されながらも、ロゼッタは吸い寄せられるように中へと足を踏み入れた。
 逸る気持ちで受付を済ませ、奥に進んでいくと古びた本の匂いが鼻孔を掠める。

「すごい……」

 廊下の先でロゼッタを待っていたのは、息を呑むほど美しい楕円形のホールだった。
 天井のガラスや円窓から降り注ぐ陽光が、白亜の壁を眩しく照らしている。壁に沿って見上げるほどの高さまで、知識の層のように本棚がずらりと並び、その下では多くの利用者が静かにページをめくっていた。

(求人を見るのが先なんだけど……ちょっとだけ)

 本に対する並々ならぬ情熱を抑え切れない。ロゼッタはは初めての世界を知った子供のように、瞳を輝かせて館内をぐるぐると回り始めた。
 最近発行された小説から、海を越えた島国の見聞録まで。大陸一の図書館というだけあって、あらゆる書物が揃っている。まるで本の迷宮に迷い込んだような心地で、書架に目を通していく。

(あの本は……)

 ある棚の前で、不意に足を止めた。視線の先には、エリアン王城を追われたあの日、最後まで読み切ることができなかった歴史書がある。
 けれど、その本はちょうどロゼッタの指先がギリギリ届きそうで届かない、絶妙な高さの段に収められている。

「ぐぬぬっ」

 数センチの壁がロゼッタを襲う。つま先立ちになり、腕をぷるぷると震わせながら必死に手を伸ばしていると、背後から不意に影が落ちた。

「これでいいかな?」

 柔らかな声とともに、頭上から伸びた長い腕が歴史書をふわりと抜き取った。驚いて振り返ると、そこには二十代前半と思しき黒髪の青年が立っていた。
 漆黒の髪に、知性を宿した鳶色の瞳。青年は穏やかに微笑むと、手に取った歴史書を「はいどうぞ」と差し出した。

「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。あそこに脚立が置いてあるから、次からはあれを使うといいよ」

 そう言って脚立のありかを指し示し、カツカツと靴音を響かせて去っていく。遠ざかる後ろ姿を視線で追うと、前方に控えていた銀髪の男に、彼が親しげに声をかけるのが見えた。

(きっと、どこかの貴族よね)

 無地の黒いジャケットに装飾の少ないスラックス。一見するとありふれたラフな格好だが、真っ直ぐ伸びた背筋からは隠しきれない気品が漂っている。
 ふたりを見送ったロゼッタは、近くの椅子に腰を下ろして歴史書を開いた。
 ほんの数ページだけ。そう決めて読み始めたはずなのに、続きが気になって気づけば次のページへと指が伸びてしまう。
 そして図書館を訪れてから早二時間。

(私としたことが……!)

 ようやく当初の目的を思い出し、ロゼッタは弾かれたようにカウンターへ向かった。

「あのっ、すみません! こちらで求人の募集はしていませんか?」
「ああ、それならよく聞かれるんですがね。あいにく、今は人手が足りているんですよ。当分、募集の予定もありませんな」
「そんな……」

 年配の司書にあっさりと告げられ、ロゼッタはがっくりと項垂れた。順風満帆に思えた新生活は。いきなり出鼻をくじかれてしまった。

「そうですか。お忙しいところ失礼しました……」

 図書館での就職が叶わなかった以上、一刻も早く別の雇い先を探さなくてはならない。ロゼッタは肩を落としたまま、重い足取りで出口に向かった。

(人生、そんなに甘くない。ルミナリア王国に来られただけでも、良しとしないと)

 どうにか気持ちを切り替え、扉に手をかけようとする。
 ふと扉の脇にある掲示板の端で、一枚のチラシがパタパタと揺れているのが目に留まった。

(王宮の文官……募集?)

 しかも、職務内容はどうやら本に関する仕事のようだ。