国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

(父上だけでなく母上まで……あまりに早すぎる死だ)

 まさか、これほど短い間に二度も喪服に袖を通すことになるとは。
 母の眠る棺を見つめながら、レオナールは重い溜め息をつく。

『今からでも遅くないわ。考え直しなさい、レオナール! あんな頭の悪い娘に、あなたを支えることなんてできやしないわ!』
『母上こそ、いい加減シャロンを認めてはいかがですか? 彼女だって私の伴侶となるために必死に努力をしているのですよ』
『一日に一時間程度机に向かっているだけでしょうが! 陛下がお亡くなりになった今、あなたには死に物狂いで頑張ってもらわないといけないのよ!?』
『母上は私が信じられないのですか? 以前は、私なら優秀な王になれると仰っていたではありませんか』
『それは、あなたの隣にロゼッタがいたからよ! あの子を妃に据えておけば安泰だったものを……私はどこで育て方を間違えてしまったのかしら』

 あまりに口うるさいものだから、郊外の離宮へ追いやって一ヶ月半。
 母はそこで体調を崩し、あっという間にこの世を去ってしまった。

「最後までお義母様とはわかり合えずじまいでしたわ。いつか一緒に笑い合える日が来ると、あんなに夢見ていましたのに……っ。ひっく……こんなの、あんまりですわ……う、ううぅ……」
「シャロン……」

 隣で肩を震わせて啜り泣く妻を、レオナールは優しく抱き寄せた。

「そんなに泣かないでおくれ。母上だって、心のうちでは君を認めてくださっていたはずだ。これからは天国で、僕たちを温かく見守ってくれるよ」
「そう……ですわよね」

 エメラルドグリーンの瞳に涙を湛え、シャロンが健気に微笑む。その柔らかな髪を撫でながら、レオナールは晴れやかな解放感に浸っていた。

(正直、母上にはうんざりしていたんだ。これで私たちを引き裂こうとする者はもう誰もいない)

 口元がだらしなく緩むのをなんとか抑えていると、宰相が歩み寄ってくる。

「葬儀が終わり次第、官吏一同にて会議を開きます。陛下も必ずご出席ください」
「なぜ、私も? こうしてシャロンを慰めなくてはならないというのに……」
「火急の件でございます。どうか、何卒よろしくお願いいたします」
「……仕方ないな」

 何やら険しい表情で念押しされ、レオナールは渋々ながら了承した。
 つつがなく葬儀を済ませ、普段の華やかな装いに着替えて会議室に向かう。扉を開くと、中には既に宰相を始めとした官吏たちが揃っていた。

(母上が亡くなったことで、皆この国の行く末を憂いているのだろう。この私が彼らを導いてやらなければ)

 ふふんと得意げに鼻を鳴らすレオナールだが、宰相から告げられたのは信じがたい事実だった。

「財政……難?」
「はい。現在、エリアン王国の国庫は底を尽きようとしております。これは我が国始まって以来の危機と言っても過言ではございません」
「バカな……何かの間違いではないのか?」

 現実を受け入れられずにいる若き国王に、宰相は沈痛の面持ちで首を横に振る。

「先王の代から、この国は緩やかに衰退の一途を辿っておりました。これといった特産品や資源もないため、かろうじて体裁を保っているのが実情です」
「…………」

 大国とまではいかずとも、それなりに豊かな国だと思っていた。
 けれど、それがただの幻想だったと思い知り、レオナールは絶句するしかなかった。

「そこにさらに追い打ちをかけたのが、王太后様による散財でした」
「母上の?」
「度重なる離宮の改装に贅沢品の大量購入……先王陛下は王太后様を深く寵愛するあまり、それらすべてを容認しておられました。その結果がこれです」

 宰相の淡々とした言葉に、レオナールは大きく息を弾ませる。
 食卓に並ぶ祝祭のような豪勢な食事。
 目が眩むような宝石類。
 そして、室内を埋め尽くす各国から取り寄せた芸術品。
 物心がついた頃から、レオナールの暮らしは常に贅沢に彩られていた。

『いいこと、レオナール? 贅を尽くすことこそ王族の義務であり、特権なのよ』

 朧げな記憶の中で、母が深紅のワインを揺らしながら微笑む。
 その細い指には、大粒の宝石がいくつも輝いていた。
 高貴でいることが当たり前。母のその教えは、幼いレオナールの心に深く刷り込まれていった。
 華やかな生活の裏で、国の蓄えがじわじわと失われていたとも知らずに。

「なんてことだ……なぜ、どうしてもっと早く私に知らせなかった!」

 レオナールの怒声が会議室に響き渡る。

「先王が亡くなった後、陛下には内密にするようにと王太后様に命じられたのです」
「要するに、自分が責められたくないから黙っていただけではないか!」

 宰相の弁明に、レオナールは苛立ちを露にしてガリガリと後頭部を掻く。脳裏には最愛の妻の笑顔が思い浮かんでいた。

(まずい……まずいぞ。金ならいくらでもあると思っていたから、シャロンにねだられるまま、ドレスや宝石を好きなだけ買い与えていたのに……!)

 しかも、ツケで買っているところが殆どである。後でまとめて清算するつもりではいたが、この状況ではそれどころではない。
 レオナールが言葉を失い項垂れていると、宰相はある提案を持ちかけた。

「ひとまず王太后様のドレスや宝石類を売却し、補填に充てようと検討しております」
「そ、そうか。それならなんとかなるな。……そもそも、こうなったのは母上の責任なのだから、売却は当然の義務だろう」
「ついでに、シャロン王妃の装飾品もいくつか売らせていただきます」
「なっ……なんだと!?」

 レオナールはガタンと音を立て、前のめりになるように立ち上がった。顔を紅潮させて、宰相を鋭く睨みつける。

「なぜシャロンのものまで売却しなければならない!? 彼女に罪はないはずだ!」
「いや、それはどうでしょうか……」

 憤慨するレオナールに冷や水を浴びせたのは、古株の文官だった。

「お言葉ですが、嗜好品を一切欲しがらなかったロゼッタ様に比べ、シャロン王妃は食事やワインの銘柄にまで細かく注文をつけられます。彼女が城に来てからというもの、出費は明らかに跳ね上がっております」
「それは……シャロンは国母という重いプレッシャーを背負っているのだ。少しくらいの贅沢は、許していいのではないか?」
「そんなことが理由になるとお思いですか? はっきりと申し上げますが、王妃様の浪費壁は王太后様の比ではございません」

 容赦のない物言いに賛同するように、他の官吏たちも無言で頷く。

「陛下、どうかご理解のほどを。このままでは王家は足元から崩れ落ちてしまいますぞ!」
「黙れ! こうなるまで放置していたのは貴様らだろう! 私たちに責任を擦り付ける暇があったら、知恵を絞ってなんとかしたらどうだ、この無能どもめ!」

 怒りに任せて怒鳴り散らすと、レオナールは勢いよく会議室を飛び出した。