「急に申し訳ありません、陛下」
「気にするな。して、今日は私に何の用だ?」
国王が目を輝かせながら、身を乗り出すようにして問いかける。その傍らでは、エドガーが事の成り行きを見守っている。
「はい。まずはこちらをご覧ください」
ロゼッタは前置きをしてから、一冊の古書とその内容を翻訳したノートを見せた。
「ふむ、その本は……」
「『垂れ耳探偵ロップス』という児童書です」
「じ、児童書?」
それがどうかしたのかと、エドガーと国王が顔を見合わせて首を傾げる。ロゼッタは深く息を吐き、緊張の面持ちで本題に入った。
「ですが、ただの読み物ではありません。後書きも含めて、ある仕掛けが施されているのです」
「仕掛けとな?」
「はい。これら全ての文章が、魔導書の作成方法を記した暗号となっています」
ロゼッタが凛とした声で告げると、謁見室に暫しの沈黙が流れる。
やがて、エドガーが探るような表情で問いかけた。
「待ってくれ、ロゼッタ。それが本当だとして、何故君がそんな秘密を知っているんだ?」
「昔、祖父が同じ本を持っていました。内容を完全に暗記した上で、自ら書き写して複製したのだと思います」
ロゼッタは一拍置くと、かつての苦い記憶を思い返して表情を曇らせた。
「そして、この書物の暗号を解いて魔導書を作成しましたが……最終的には王家に奪われてしまいました」
「ロゼッタ、君は一体……」
絶句する二人に、ロゼッタは事の真相をすべて語ることにした。
「私の本当の名は、ロゼッタ・レイファール。レオナール国王の元婚約者でしたが、先王の崩御を機に婚約を解消され、城を追われた身です」
「レイファール……そうか、そなたが妹に何もかも奪われた件の犠牲者か」
「信じてくださるのですか?」
あっさりと受け入れられ、ロゼッタは拍子抜けしたように目を丸くした。
「君がブランドール家の人間ではないことは、最初から分かっていたんだ。あの家に君と同じ年頃の令嬢はいないと把握していたからね。だが、君がそのネックレスを託された以上、伯爵が信頼している人物であることは間違いない。相応の身分の人間だろうとは予想していたよ」
エドガーは軽く笑って種明かしをした。
「ただ、分からないのは婚約解消のタイミングだ。なぜ陛下が亡くなった直後だったんだい?」
当然の疑問だろう。けれど、それを説明するためには、まずこの婚約が結ばれた経緯から話さなければならない。
「表向きは、祖父が遺した大量の模造書を寄贈した見返りとして、私が婚約者に選ばれたことになっています。ですが、恐らく本当の目的はあの魔導書にあったのだと思います」
「……エリアン王国は、君の祖父が作成した魔導書を隠し持っている。だというのに、魔導書の所有を公表していない。その事実を伏せ続ける理由はつまり……」
察しのいいエドガーは、既に正解へと辿り着きつつあった。一方、国王は話についていけず、渋い顔で首をひねっている。
「つまり……どういうことなのだ?」
「魔導書の発動に必要な呪文を王家は知り得ず、その書を手にしながら、指をくわえて眺めることしかできないのです」
「その呪文について、祖父殿がどこかに書き残してはいなかったのか?」
国王の問いに、ロゼッタは首を緩く横に振った。
「いえ。祖父は己の死後、魔導書が誰かに悪用される可能性を危惧していました。ですから、呪文に関しては何一つ、文章として遺さなかったのです」
「……確かに我が国でも、呪文に関しては極秘事項として扱われてきた。それは正規の魔導書を保有する他国も同様だろう。たとえ魔導書を手に入れたところで、呪文が分からなければただの本だ。かといって、他国に『教えろ』と頭を下げたところで、容易に応じるはずもなかろうしな」
「はい。ですから呪文を把握していたのは製作者である祖父……そして、その手伝いをしていた私だけでした」
魔導書の存在を王家に教えたのは、おそらく両親だろう。金に目がくらみ、模造書一式とともに差し出したのだ。
先王は大層喜んだに違いないが、呪文が分からないと知ってすぐに焦りを感じたはずだ。それもそのはず、製作者である祖父はすでに他界しているため、もはや聞き出すことは叶わないからだ。
そこで、常に祖父の傍らにいたロゼッタに目をつけ、先王は息子の婚約者にあてがったのである。
そして、度々魔導書について探りを入れていた。
『あの魔導書は実に興味深い。もしや、そなただけが知る秘め事などはあるまいな?』
『発動の術がないのでは、ただの持ち腐れにすぎん。オーヴァン殿も決して本望ではなかろう』
『頼む、ロゼッタ。この国の未来のために、何でもいい。思い出してくれ』
追及は執拗さを増していったが、ロゼッタは「存じません」の一点張りで決して口を割らなかった。
「祖父は常々、私に言っていました。呪文は無闇に話してはいけないと。言うべき相手を間違えてはいけないと。当時の私の判断は正しかったと思います。先王のあの様子では、魔導書を何に使うか分かったものではありませんでしたから」
ロゼッタは小さく溜め息をついた。
「せめてもの救いはレオナール陛下が何も知らされていなかったことです。だからこそ、私をあっさり手放したのでしょう」
無能なくせに虚栄心だけは人一倍強い男だ。流石の先王も、そんな息子に魔導書の存在を明かせば暴走しかねないと案じたのかもしれない。
「……君はずっと、王家の都合に振り回され続けてきたんだね」
エドガーは同情を声に含ませて言った。
「そうでもないです。正直なところ、あの方に対しては恋愛感情なんて皆無でしたから。婚約解消はむしろラッキーに思っていたくらいなんです」
「そ、そうか。それなら安心したよ」
けろっとした様子のロゼッタに、エドガーがほっと頬を緩ませる。一方で、国王は先ほどから何かを深く考え込むように黙り込んでいた。
「ロゼッタ。差し支えなければ、そなたの祖父の名を聞いてもよいか?」
「オーヴァン、オーヴァン・レイファールと申します」
「気にするな。して、今日は私に何の用だ?」
国王が目を輝かせながら、身を乗り出すようにして問いかける。その傍らでは、エドガーが事の成り行きを見守っている。
「はい。まずはこちらをご覧ください」
ロゼッタは前置きをしてから、一冊の古書とその内容を翻訳したノートを見せた。
「ふむ、その本は……」
「『垂れ耳探偵ロップス』という児童書です」
「じ、児童書?」
それがどうかしたのかと、エドガーと国王が顔を見合わせて首を傾げる。ロゼッタは深く息を吐き、緊張の面持ちで本題に入った。
「ですが、ただの読み物ではありません。後書きも含めて、ある仕掛けが施されているのです」
「仕掛けとな?」
「はい。これら全ての文章が、魔導書の作成方法を記した暗号となっています」
ロゼッタが凛とした声で告げると、謁見室に暫しの沈黙が流れる。
やがて、エドガーが探るような表情で問いかけた。
「待ってくれ、ロゼッタ。それが本当だとして、何故君がそんな秘密を知っているんだ?」
「昔、祖父が同じ本を持っていました。内容を完全に暗記した上で、自ら書き写して複製したのだと思います」
ロゼッタは一拍置くと、かつての苦い記憶を思い返して表情を曇らせた。
「そして、この書物の暗号を解いて魔導書を作成しましたが……最終的には王家に奪われてしまいました」
「ロゼッタ、君は一体……」
絶句する二人に、ロゼッタは事の真相をすべて語ることにした。
「私の本当の名は、ロゼッタ・レイファール。レオナール国王の元婚約者でしたが、先王の崩御を機に婚約を解消され、城を追われた身です」
「レイファール……そうか、そなたが妹に何もかも奪われた件の犠牲者か」
「信じてくださるのですか?」
あっさりと受け入れられ、ロゼッタは拍子抜けしたように目を丸くした。
「君がブランドール家の人間ではないことは、最初から分かっていたんだ。あの家に君と同じ年頃の令嬢はいないと把握していたからね。だが、君がそのネックレスを託された以上、伯爵が信頼している人物であることは間違いない。相応の身分の人間だろうとは予想していたよ」
エドガーは軽く笑って種明かしをした。
「ただ、分からないのは婚約解消のタイミングだ。なぜ陛下が亡くなった直後だったんだい?」
当然の疑問だろう。けれど、それを説明するためには、まずこの婚約が結ばれた経緯から話さなければならない。
「表向きは、祖父が遺した大量の模造書を寄贈した見返りとして、私が婚約者に選ばれたことになっています。ですが、恐らく本当の目的はあの魔導書にあったのだと思います」
「……エリアン王国は、君の祖父が作成した魔導書を隠し持っている。だというのに、魔導書の所有を公表していない。その事実を伏せ続ける理由はつまり……」
察しのいいエドガーは、既に正解へと辿り着きつつあった。一方、国王は話についていけず、渋い顔で首をひねっている。
「つまり……どういうことなのだ?」
「魔導書の発動に必要な呪文を王家は知り得ず、その書を手にしながら、指をくわえて眺めることしかできないのです」
「その呪文について、祖父殿がどこかに書き残してはいなかったのか?」
国王の問いに、ロゼッタは首を緩く横に振った。
「いえ。祖父は己の死後、魔導書が誰かに悪用される可能性を危惧していました。ですから、呪文に関しては何一つ、文章として遺さなかったのです」
「……確かに我が国でも、呪文に関しては極秘事項として扱われてきた。それは正規の魔導書を保有する他国も同様だろう。たとえ魔導書を手に入れたところで、呪文が分からなければただの本だ。かといって、他国に『教えろ』と頭を下げたところで、容易に応じるはずもなかろうしな」
「はい。ですから呪文を把握していたのは製作者である祖父……そして、その手伝いをしていた私だけでした」
魔導書の存在を王家に教えたのは、おそらく両親だろう。金に目がくらみ、模造書一式とともに差し出したのだ。
先王は大層喜んだに違いないが、呪文が分からないと知ってすぐに焦りを感じたはずだ。それもそのはず、製作者である祖父はすでに他界しているため、もはや聞き出すことは叶わないからだ。
そこで、常に祖父の傍らにいたロゼッタに目をつけ、先王は息子の婚約者にあてがったのである。
そして、度々魔導書について探りを入れていた。
『あの魔導書は実に興味深い。もしや、そなただけが知る秘め事などはあるまいな?』
『発動の術がないのでは、ただの持ち腐れにすぎん。オーヴァン殿も決して本望ではなかろう』
『頼む、ロゼッタ。この国の未来のために、何でもいい。思い出してくれ』
追及は執拗さを増していったが、ロゼッタは「存じません」の一点張りで決して口を割らなかった。
「祖父は常々、私に言っていました。呪文は無闇に話してはいけないと。言うべき相手を間違えてはいけないと。当時の私の判断は正しかったと思います。先王のあの様子では、魔導書を何に使うか分かったものではありませんでしたから」
ロゼッタは小さく溜め息をついた。
「せめてもの救いはレオナール陛下が何も知らされていなかったことです。だからこそ、私をあっさり手放したのでしょう」
無能なくせに虚栄心だけは人一倍強い男だ。流石の先王も、そんな息子に魔導書の存在を明かせば暴走しかねないと案じたのかもしれない。
「……君はずっと、王家の都合に振り回され続けてきたんだね」
エドガーは同情を声に含ませて言った。
「そうでもないです。正直なところ、あの方に対しては恋愛感情なんて皆無でしたから。婚約解消はむしろラッキーに思っていたくらいなんです」
「そ、そうか。それなら安心したよ」
けろっとした様子のロゼッタに、エドガーがほっと頬を緩ませる。一方で、国王は先ほどから何かを深く考え込むように黙り込んでいた。
「ロゼッタ。差し支えなければ、そなたの祖父の名を聞いてもよいか?」
「オーヴァン、オーヴァン・レイファールと申します」
