「……っ」

息が、近い。

さっきよりも、ずっと近い。


「……奈桜」

名前を呼ばれる。

それだけで、何も考えられなくなる。

ゆっくりと、顔が近づく。

もう、分かる。

キス、する。


「……っ」

目を閉じかけた、その瞬間。

先生の指が、唇のすぐ手前で止まる。

触れない。

でも、離れない。

「……ダメだな」

自分に言い聞かせるみたいな声。

でも——

そのまま、額に軽く触れる。

一瞬だけ。

優しくて、甘くて、

余計に苦しい。


「……おやすみ」

低く、囁く声。

「……おやすみなさい」

やっと、それだけ返す。

そして、ゆっくり手が離れる。

その瞬間、胸がぎゅっとなる。

シートベルトを外して、ドアに手をかける。

——行きたくない。

でも、行かなきゃ。

ドアを開けて、外に出る。
勢いに任せないと、ずっと出れない気がした。

夜の空気が、少し冷たい。

パタンとドアを閉めて、軽く手を振った。
先生は代わりに頬を上げて笑顔をくれた。

数歩歩いて、振り返る。

車の中の先生と、目が合う。

ほんの一瞬。

でも、それだけで——

また戻りたくなる。

車が、ゆっくり走り出す。

その後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。



——幸せすぎた。

そう思った、次の瞬間。


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