「……この辺で、大丈夫です」


家の少し手前で、小さく言う。

先生は何も言わずに、静かに車を止めた。


エンジン音だけが、車内に残る。


「……ありがとうございました」


シートベルトに手をかける。

でも——

外せない。

外したら、終わっちゃう気がして。


「……奈桜」


名前を呼ばれる。

シートベルトを外す手が止まる。


「……はい」


ゆっくり振り向く。
ほら、先生を見たら、帰りたくなくなるんだよ。


「……今日、楽しかった」

ぽつりと落ちる声。細めた瞳が優しくて。


「 私もです」


即答してしまって、少しだけ恥ずかしくなる。

でも——

本当だから。

少しの沈黙。

そのあと、先生の手がゆっくり動く。

そっと、私の頬に触れた。


「……っ」


優しく撫でる指。

さっきより、ずっと静かで、

ずっと名残惜しそうで。


「……やっぱり、帰したくないな」

小さく、零れる声。

心臓が、大きく跳ねる。
何度でも聞きたい。


「……先生」

名前を呼ぶと、

「ん?」

すぐ近くで返ってくる。

距離が、また少し縮まる。

触れそうで、触れない。

その曖昧な距離が、苦しい。


「……もう少しだけ」


気づけば、そう言っていた。

一瞬、先生の目が揺れる。

そのあと——

ふっと、小さく笑う。


「……ほんと、ずるいな」

低い声。

そのまま、手首をそっと掴まれる。

逃げられないくらいの優しさで。

引き寄せられる。


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