「はぁ…」

小さくため息をついて、資料に目を戻した。


ダメだ、集中しなきゃ。

今は実行委員の仕事。

それだけに集中しないと…



「綾瀬」


不意に名前を呼ばれて、顔を上げる。


さっきまで向こうにいたはずの先生が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。

「さっきの修正できたか?」

「……あ、はい!」


慌てて資料を差し出す。
先生はそれを受け取ると、少しだけ目を通して━━━

「うん、いいな」

って、軽く頷いた。

それだけなのに、胸がじんわり温かくなる。

「ちゃんと、やれてるじゃん」

ふっと優しく笑う。

その一言で、全部報われる気がした。


「……先生が教えてくれたからです」

思ったまま口にすると、
一瞬だけ、先生の動きが止まる。


「……それは違うな」


静かに返された言葉。


「綾瀬が頑張ってるからだろ」


まっすぐな声。

目を逸らせない。


「……っ」


何も言えなくなる。

そんな顔、反則だと思う。


「だから…」

先生は少しだけ距離を縮めて、

「ちゃんと自信持て」

低く、でも優しく言った。

近い。

さっきよりも、ずっと近い。

心臓の音が、うるさい。

「……はい」

やっとそれだけ返すと、
先生はふっと満足そうに笑って、離れていった。

その背中を、しばらく見つめる。

——指輪。

やっぱり、してない。

さっきよりも、はっきり見えた。

胸がざわつく。

期待しちゃダメなのに。

「……バカみたい」

小さく呟いて、視線を落とす。

でも——

ほんの少しだけ。

本当に、ほんの少しだけ。

期待してしまう自分がいた。


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