昼休憩が終わり、教室に戻った香流と中川をクラスメイトがちらちらと横目で見ながらソワソワしている。
昼休憩の後は眠い。んーっと伸びをして机に座ると、香流は筆箱を枕にして眠る姿勢に入った。
「柚木くん、今から授業だよ?」
「あと1時間経ったら起こして」
「授業終わるどころかもう帰る時間になるよ」
近くの席の女子が立ち上がり、香流の背中にひざ掛けをかけた。
近くの席の男子は話していた口を閉じ、持っていたお香を焚き始める。
すやぁ、と香流は眠りについた。
「連携プレーすぎない?」
薄々思っていたが、この神結構なクソガキなんじゃないだろうか。
小学生男子か。いや去年まで小学生男子だったけども。それにしても寝顔めちゃくちゃ幼いな。
そして寝顔を拝まれている。
中川は起こすべきか悩んだ末、諦めて自分の席についた。怒られたら起こしてあげよう。そう考えながら英語の教科書を机に出す。
チャイムが鳴った。
英語の先生が入ってくる。英語の先生はやや気難しいおじいさんで、お香とひざ掛けと共に爆睡している香流を見るとぴく、と肩を揺らした。
そして無言でチョークを投げる。
香流は起き上がると、筆箱でチョークを打ち返した。ゴッ、とチョークが黒板に刺さる。
「おはよう、柚木くん」
「お前誰?」
「先生だよ」
隣の中川がすかさず口を挟む。香流は寝ぼけ眼のまま、目を擦って席に着いた。
「もー1時間たった?」
「たってないよ。今から英語の授業だよ」
「英語?」
香流はひざ掛けを畳むと、神棚の隣に置いた。お香はよく分からないので神棚に乗せておく。
「なぁ、何でこれ煙出てんの?」
「柚木くん、授業を始めますよ。座りなさい」
「もう飽きた⋯⋯」
「ワシの授業は初めてだろうが!」
英語の先生に怒鳴られ、しぶしぶ席に着く。前を向いた香流は、今しがた黒板が割れているのに気がついた。
「やべぇ⋯⋯あの先生めちゃくちゃバカ力だな」
「8割君のせいだけどね」
ダラダラしながらも授業を終えた香流は、帰りのHRの後担任教師に呼び出された。
中川も一緒だ。教員室では2人が入ってくると少しどよめいたが、すぐに仕事に戻るあたりさすが大人だなと中川は感心した。
「えー、改めて僕が担任の錦織だ。柚木くん、登校初日に黒板を破壊した君に頼みがある」
錦織は笑顔で2人に向き直った。
香流はめんどくさそうに欠伸をしている。眠りを妨げられたのでまだ眠い。中川が横から脇腹をつついた。
「くすぐったいだろ、やめろよ」
「きちんと反省しなさい」
「うー⋯⋯」
「まぁまぁ。別に黒板の件は怒ってないんだよ。それより頼みなんだが、柚木くんの前の席の子の話なんだけどね」
前の席。言われてみれば空いていたな。
中川を見ると、首を振られた。入学式から来ていた中川も知らないらしい。
「柳瀬くんって言うんだけどね。その子の家に行って学校へ来るよう誘ってみて欲しい」
「何でおれ達が?」
「いや、その子の家もかなり特殊でね⋯⋯」
錦織は口ごもった。それ以上は言わず、手元のメモ帳に住所を記載して香流に手渡す。
「行ってみれば分かるよ」
記載された住所を見て、香流と中川は顔を見合せた。
★★★★★
地図もないのに住所だけではどうにも出来ず、野良猫やスズメに聞いて大体の位置が分かったので中川と2人で仕方なく向かっている。
分からなければそのまま帰るつもりだったが、分かってしまったものは行かなければ気が済まない。何だかんだで律儀な香流に中川はふふっと笑みを零した。
「どんな子なんだろうねぇ」
「ゴリラみたいにでかいやつだったりしてな」
「柚木くんのそのゴリラに対する情熱は何なの?」
「握力500Kgの筋肉量にクールな瞳、それに草しか食べないのにその身体を維持できる内臓機能の素晴らしさは群を抜いている」
「ゴリラトーク熱いな」
「おれは絶対大人になったら筋肉ゴリラになる!」
香流の瞳が輝いている。中川は生温かい瞳で微妙な笑みを浮かべた。
案内してくれている猫も振り返って何とも言えない表情を浮かべている。なんだよ、と香流は唇を尖らせた。
「夢はでっかい方がいいよ」
「ちょっとバカにしてるだろ」
「してないしてない。それより柚木くん、気づいてる?」
「何を?」
話している2人の右側の景色が、ずっと石垣で覆われている。
石垣の上に瓦が乗っている、昔ながらのつくりの石垣は軽く50メートルは続いていた。
そしてそれがまだ視界の先も続いている。
「要塞かな?」
「でっけぇー」
猫がひょいと石垣の上に飛び乗った。
飛び乗れと言うことだろうか。香流が真似をしようとすると、慌てて中川が身体にしがみついた。
「ちゃんと正門から入ろうよ!」
「でも猫が⋯⋯」
「ここは人間社会だから!」
人間社会の何たるかを天使に説き伏せられてしまった。
むぅ、と眉根を寄せながらも飛び乗る事は諦める。しぶしぶながらまた先を歩いていくと、ようやく門が見えてきた。
立派な屋敷門だ。そしてその前に何だか厳つい黒服の男が2人立っている。
香流と中川はスルーしてその隣を通り過ぎた。
「ちょっと待て」
右側の黒服が話しかけてきた。
香流と中川は同時に右黒服を見上げる。う、と右黒服は言葉を失った。
「何で超ド級の美少女がうちに⋯⋯!?」
「なぁ、制服見ろよ」
「いつもの事いつもの事」
キラキラを振りまきながら歩いていく美少女2人を、どうしていいのか困惑しながら見守る黒服2人。
門から家までも遠い。なんてめんどくさい家に住んでいるんだと香流はげんなりした。
「ほんとにここで合ってんのか?」
「照合するものがないから何とも言えないねぇ」
香流と中川がのんびり会話をしていると、その周りを、黒服が一斉に取り囲んだ。
「侵入者だな」
「見た目に騙されるな!」
門番を合わせて5人ほどの黒服を流し見ながら、香流はふぅんと顎に手を当てて考える。
そしてにやりと笑うと、右手を上げて思い切り下げた。
「伏せろ!」
黒服が一斉に地に伏せた。
中川がおぉと感心した声を上げる。香流はふふんと胸を張った。
「3回回って吠えろ!」
次いで、黒服が一斉にくるくる回ってわんわん言い始める。
「じゃあ次は犬のおまわりさんを歌え!」
「何で犬のおまわりさん?」
「思いついたから!」
野太い声の犬のおまわりさんを聴きながら、香流は玄関へ足を向ける。
玄関の引き戸が開いた。そして勢いよく飛び出してくる何かを、両腕をクロスして受け止める。
「ちっ」
「出てくると思ったぜ!」
飛び蹴りを噛ましてきたのは青い髪の美少女だった。
中川はこそっと黒服に混ざって犬のおまわりさんを歌い出す。香流は中川の事は気にとめず両腕を振り払った。
「誰だてめぇら!」
「同級生だよ!」
犬のおまわりさんをBGMに、2人が地面を蹴る。
殴り合いの喧嘩を始める香流と、恐らく柳瀬と言う同級生を眺めながら中川はのんびり歌い続ける。香流が楽しそうなので止めるつもりはなかった。
それに、柳瀬の拳をいなしながら、香流はなるべく手は出さないようにしている。防戦一方の香流に痺れを切らしたのか、柳瀬が腰元の扇を取り出した。
「四扇華!」
柳瀬が扇を開きながら何かを叫ぶと、扇から出た白い光が円を描く。その円に4つの赤い点が花開いたかと思えば、香流の方へ真っ直ぐ飛んできた。
香流は学ランを脱ぎ捨てると、飛んでくる赤い花を包んだ。瞬間、燃え上がる学ラン。
視界が学ランへ向いている間に、香流が柳瀬に足払いをかける。柳瀬の身体が地に伏せた。香流は押さえつけるように柳瀬に覆い被さる。
「くっ⋯⋯」
「おれの勝ち!」
「しかし学ランは燃えている」
中川は両手から淡い光を出して燃え盛る火を消した。
悲しみのカッターシャツだけになってしまった香流は、少し悲しい顔をして焼け焦げた学ランを見ていた。
さようなら学ラン。これでダメになったのは2着目だ。
「尊い犠牲だった⋯⋯」
「ま、まぁ、もうすぐ夏服だしな」
「まだ4月だけどねぇ」
強がりを言って何とか自分を言い聞かせようとする香流だが、中川のツッコミは容赦がない。
柳瀬は反撃の隙を伺っていたが、腹の上でしょうもない会話をしながらも香流に隙はない。それに未だに耳に入る犬のおまわりさんが気になって反撃どころではない。
柳瀬は諦めてぱたりと頭を地に着けた。空が青い。雲がゆったりと流れていく。
「まさか地球の神がわざわざ家に来るとはなぁ」
柳瀬はぽつりと呟いた。
香流と中川は顔を見合わせる。言ったっけ。いや言ってないよね。目線で会話する2人に、柳瀬は静かに言葉を紡いだ。
「俺みたいな異世界人の間で噂になってる。地球の神を掌握すれば地球を我がものに出来るってよ」
「えぇ、誰がそんなこと言ってんだよ⋯⋯」
「さぁな。俺は母親から聞いた話だ。ほら、俺の負けだからさっさと下りろよ」
柳瀬はしっしっと手を払った。
香流が素直に柳瀬から下りると、柳瀬はゆっくりと上体を起こした。
ミニタリーのシャツに黒いズボンの、少しヤンキーのような服装が全く似合っていない。
スポーツ狩りに整えられている髪も、切れ長の瞳も、爪楊枝どころか鉛筆が乗りそうなくらい長すぎる睫毛まで真っ青の、確かにどこからどう見ても地球人の風貌ではなかった。
そして360度女の子に見える。
でも一人称は俺と言っていた。
つまりは⋯⋯そういう事だ。
香流はぽんぽんと柳瀬の肩を叩いた。
「お前もいいやつだ」
「はぁ?」
「あぁ、その人女の子に見える男の子が全部味方に見える呪いにかかってるんだよね」
どんな呪いだよ。と思ったが、香流と中川をまじまじと見て柳瀬は妙に納得した。
全員男なのが残念なほど美少女の博覧会が出来ている。柳瀬はもう馬鹿らしくなってもう一度地面に寝転んだ。
「女男に負けるなんて⋯⋯」
「お前には言われたくないけど!?」
「そんな中途半端な髪でなーにが男の子でーすだよ。俺くらい短くしろよ」
「似合わねぇんだよ分かんだろ!」
「いっそつるっパゲにしやがれ」
「おれは中身が男らしいからいいんだよ!」
柳瀬と香流が不毛な争いをしている。
中川は苦笑いした。結構気が合ってるじゃん。ちなみに中川は女顔のことなんて気にしたことがない。だっておれは可愛い天使だもの。
「ねぇ柚木くん、いつまで犬のおまわりさん流すの?」
「終わらせるの忘れてた」
「お前、それで隠してるつもりなのマジでバカだからな」
起き上がりながら冷たい目を向ける柳瀬の意見が手厳しい。香流はぐぬぬと歯噛みしながら犬のおまわりさんを終了させた。
黒服達がぜぇはぁと肩で息をする。延々犬のおまわりさんループは確実に喉の水分を奪い取っていった。水を求めてバタバタと玄関の中へ入っていく黒服達を美少女(男)3人は見送る。
「えーと、何?柳瀬は異世界の人なの?」
「まぁな」
「まさか地球侵略⋯⋯?」
中川は昼間見た虫達のことを思い出す。そう言えばあいつら地球を明け渡せとか言ってたな。あんな弱かったのに。
「違う。俺はもう8代前から地球に住んでる。俺の先祖は魔族、母親が異世界人。それ以外は人間だ」
「あれ?でも犬のおまわりさん歌ってなかったよね?」
「そう言えばそうだな」
香流はすっと柳瀬に手を差し出した。
「柳瀬、お手〜」
「するかぁ!」
柳瀬は香流の手を振り払った。
「俺は先祖返りと母親の血が濃いせいで人間の血はほとんど流れてないんだよ!だからお前の言うことなんてこれっぽっちも響かねぇの!」
「確かにすげぇ青いもんな」
「すげぇ青い⋯⋯」
急に傷ついた顔をする。柳瀬はがくりと項垂れると、深いため息をついた。
「やっぱり変だよな⋯⋯」
「先祖返り云々より青いって言われるのが嫌なの?」
「俺のもともとの髪色は黒だ。青くなったのはつい最近なんだよ」
柳瀬は自分の前髪を摘んだ。
根元から真っ青の髪は、まるでペンキを零したような青さだ。ここまで青くするには相当髪色を抜かなければ入らないだろう。
「綺麗な青なのにな」
「きっ⋯⋯!綺麗とか言うなよ!男相手に!」
「何だよ。男相手でも綺麗な字だねとか褒めるだろ」
「字と同列⋯⋯」
「大体おれと中川も金と銀だよ。珍しいのは一緒だろ」
香流は自分と中川を指さした。中川はまぁねぇとニコニコしている。
「金さん銀さんと一緒にすんな」
「金さんじゃなくておれは柚木香流。あっちは銀さんじゃなくて中川宙」
「⋯⋯っ、もう、お前と話してたらバカらしくなってきたわ⋯⋯」
「何だよ」
悪口も悪態も通用しない相手にずっと悪態をつき続けられるほど柳瀬は辛抱強く出来ていない。
大体、香流も中川も柳瀬を一度も責めて来ない。学ランを燃やしたのに、異世界人だと打ち明けたのに、バカにした態度を取っているのに。
何で平気な顔して褒めて来るんだ。
何でさっさと帰んないんだ。
「⋯⋯何しに来たんだよ」
「あっ。そうだ忘れてた!柳瀬、明日は学校行こうな!」
「おれたち柳瀬くんの事誘いに来たんだよ〜」
「⋯⋯は!?行かねぇよ!」
「何で?」
香流と中川はきょとんと首を傾ける。
柳瀬は苛立ちながら声を荒らげた。
「だから!こんな青かったらバカにされるだろ!」
「何で?」
「何でって⋯⋯!」
「綺麗なのになぁ」
「うん、いいよね青いの」
「お前らには普通の感性が育ってねぇのかよ!」
「だって森育ちだもん」
「だって天使だもん」
なー。ねー。と和やかな天然記念物コンビに柳瀬は地団駄を踏んだ。
コイツらと話してたら自分の悩みがちっぽけなものに思えてしまう。
急に髪の色が変わって、元々浮いていた自分から更にクラスメイト達が離れてしまったこと。
家柄も相まって、もう近寄ってくる子供はいなくなった。外に出るだけで奇異の目で見られる不快感。
もう外には出ないと宣言する自分に、父も母も好きにしろと興味も持たれなかった。
ただただ、ひとりで。どう生きていけばいいのかも分からず、ずっとひとりで。
嫌いだ。何もかも。そう思い込むことで自分を保つので精一杯だった。
なのに。
「⋯⋯おい金色」
「柚木だよ!」
「お前、地球の神なんだよな?」
母親から聞いた。御伽噺のひとつかと思っていたが、こいつは確かに黒服達を意のままに操っていた。
地球には神がいる。
全ての生き物を手中に収め、かつ、命令権を持つとんでもない化け物がいるのだと。
もし、こいつが本当にそうだと言うのなら。
「俺が学校に行けるように何とかしてみろよ」
柳瀬はふんぞり返って言った。
香流はぽかんとする。抽象的すぎて何を言われているのかさっぱり分からない。
「朝起きて制服に着替えたら行けるんじゃないの?」
「違う!そうじゃなくて!」
「柳瀬くんの青色が目立たないようにすればいいってことじゃない?」
中川がすかさずフォローを入れた。香流はなるほどと頷き、地面に手をつく。
「じゃあ、みんなの髪を染めさせたらいいんだな!?」
柳瀬は思った。ものすごい雑な解決法を思いつかれてしまった。
中川は思った。ものすごい雑な解決法を思いつかせてしまった。
中川が止める前に、香流は叫ぶ。
「島中みーんな色んな髪色を変えろ!」
地面を伝って、島民達に命令が届く。
ガラリと玄関が開いた。ぞろぞろと黒服達が門の外へ出ていく。
それと同時に、香流の身体がぐらりと傾いた。慌てて中川が支える。中川が覗き込むと、香流は相変わらず幼い表情で眠りについていた。
「寝てる⋯⋯」
「お、おい。どうしたらいいんだよ」
「柚木くん!ゆーずき!起きて!」
中川が揺すっても香流は一向に起きる気配はない。
命令を取り消してもらおうにも香流が起きてくれないとどうにも出来ない。立ったまま寝ている香流をずっと支え続ける筋力も体力も中川にはない。
「柳瀬くん!助けて!」
「お、おう。とりあえず布団に寝かせるか?」
「何が起きてるのぉ⋯⋯?」
体勢を変えようが揺すろうが全く起きない香流に呆れながら、中川と柳瀬は香流を連れて柳瀬家の敷居を跨いで行った。
結局、香流は朝まで起きることはなかった。
翌日。すっきりと目覚めた香流は、隣で眠っている中川と柳瀬に驚きつつも、まぁいいかと黒服に風呂場へ案内してもらった。
朝のシャワーを浴び、さっぱりしたお礼に朝食を作る。食事当番の黒服(緑髪)から柳瀬母がいなくなってからずっとカレー生活だと相談を受けたので、今度作りに来てやるよ!と自分の腕前に太鼓判を押しておいた。
冷蔵庫の食材を借りてえびサラダとハムチーズトースト、オムレツを人数分こしらえた頃に中川と柳瀬が起きてきた。
黒服は全員で5人。何故かみんな違う髪色だ。赤、緑、黄、茶、紫⋯⋯。
派手な家族だなぁと香流は心の中で呟いた。
★★★★★
「柳瀬、急に泊まって悪かったな!」
シャツも学ランも貸してもらい、何なら新品の肌着までもらった香流は機嫌よく通学路を歩く。
中川と柳瀬は朝から疲れた表情だ。昨日は大変だった。風呂場が毛染めをする黒服達で埋め尽くされ、もしやと思って薬局まで走ると毛染めコーナーが空っぽだった。話しかけても誰も「髪を染めないと」とブツブツ呟いているし、ゾンビ映画にも似たあまりのホラーすぎる光景に中川と柳瀬の間に友情が芽生えたほどだ。
命令を下した当の本人はぐーすか眠っているし。晩ご飯のカレーは美味しかったけど、どうせ泊まるなら楽しくお泊まり会をしたかった。あんな疲れきって布団に倒れ込むのはもう勘弁だ。中川は自分の迂闊な発言をひたすら後悔していた。
「おれ、友達の家に泊まるの初めてだったなー」
上機嫌の香流がにこにこと柳瀬に話しかける。柳瀬は肩を跳ね上げた。
「友達⋯⋯!?」
「え?」
「えっ!?」
聞いたことはあるが、身近ではなかった単語が聞こえてきた。
しかも香流はこちらを向いている。
あ、中川か!?いや、中川は柚木の向こう側だ。じゃ、じゃあやっぱりこれは俺に対しての⋯⋯!?
「⋯⋯い、⋯⋯いいけど」
「今度は枕投げしような!」
「修学旅行かな?」
⋯⋯友達。
柳瀬くんちこわーい。
柳瀬くんと遊ぶなってママが言うから。
ねぇなんで青くなっちゃったの?
やっぱり柳瀬くんって変だよね。
「⋯⋯柚木は、俺のこと嫌じゃないの」
「どこが?」
「どこが⋯⋯って。あ、青いし、うちの家業も、⋯⋯」
「かぎょうって何?」
「お家のお仕事のことだよ〜」
「お家のお仕事なんか柳瀬に関係ねーだろ?」
だから。
何でそんな適当に言うんだよ。
勝手に俺が悩んでたこと軽くすんなよ。
胸に燻ってた黒いものを無遠慮に溶かして行きやがって。
嫌いだ、こんなやつ。
嫌いだ、グズグズ言う俺も。
「おれは友達だと思ったやつを友達って言うの!」
お日様みたいに笑うお前なんか、―――大嫌いだ。
柳瀬は上がる口角を抑えられず、誤魔化すように大袈裟に頷いた。
零れた涙は欠伸が出たからだって、心の中で言い訳しながら。
そうしてたどり着いた教室は24色クレパスのようにカラフルで、担任も虹色に染め上がっていた。
たった1日しか経っていない教室の変わりように、柚木は「何で?」と不思議そうに呟いて両隣から盛大にため息をつかれた。
その夜。香流は家で白髪の賢吾と橙髪の雲雀に再度こっぴどく叱られたのだった。
昼休憩の後は眠い。んーっと伸びをして机に座ると、香流は筆箱を枕にして眠る姿勢に入った。
「柚木くん、今から授業だよ?」
「あと1時間経ったら起こして」
「授業終わるどころかもう帰る時間になるよ」
近くの席の女子が立ち上がり、香流の背中にひざ掛けをかけた。
近くの席の男子は話していた口を閉じ、持っていたお香を焚き始める。
すやぁ、と香流は眠りについた。
「連携プレーすぎない?」
薄々思っていたが、この神結構なクソガキなんじゃないだろうか。
小学生男子か。いや去年まで小学生男子だったけども。それにしても寝顔めちゃくちゃ幼いな。
そして寝顔を拝まれている。
中川は起こすべきか悩んだ末、諦めて自分の席についた。怒られたら起こしてあげよう。そう考えながら英語の教科書を机に出す。
チャイムが鳴った。
英語の先生が入ってくる。英語の先生はやや気難しいおじいさんで、お香とひざ掛けと共に爆睡している香流を見るとぴく、と肩を揺らした。
そして無言でチョークを投げる。
香流は起き上がると、筆箱でチョークを打ち返した。ゴッ、とチョークが黒板に刺さる。
「おはよう、柚木くん」
「お前誰?」
「先生だよ」
隣の中川がすかさず口を挟む。香流は寝ぼけ眼のまま、目を擦って席に着いた。
「もー1時間たった?」
「たってないよ。今から英語の授業だよ」
「英語?」
香流はひざ掛けを畳むと、神棚の隣に置いた。お香はよく分からないので神棚に乗せておく。
「なぁ、何でこれ煙出てんの?」
「柚木くん、授業を始めますよ。座りなさい」
「もう飽きた⋯⋯」
「ワシの授業は初めてだろうが!」
英語の先生に怒鳴られ、しぶしぶ席に着く。前を向いた香流は、今しがた黒板が割れているのに気がついた。
「やべぇ⋯⋯あの先生めちゃくちゃバカ力だな」
「8割君のせいだけどね」
ダラダラしながらも授業を終えた香流は、帰りのHRの後担任教師に呼び出された。
中川も一緒だ。教員室では2人が入ってくると少しどよめいたが、すぐに仕事に戻るあたりさすが大人だなと中川は感心した。
「えー、改めて僕が担任の錦織だ。柚木くん、登校初日に黒板を破壊した君に頼みがある」
錦織は笑顔で2人に向き直った。
香流はめんどくさそうに欠伸をしている。眠りを妨げられたのでまだ眠い。中川が横から脇腹をつついた。
「くすぐったいだろ、やめろよ」
「きちんと反省しなさい」
「うー⋯⋯」
「まぁまぁ。別に黒板の件は怒ってないんだよ。それより頼みなんだが、柚木くんの前の席の子の話なんだけどね」
前の席。言われてみれば空いていたな。
中川を見ると、首を振られた。入学式から来ていた中川も知らないらしい。
「柳瀬くんって言うんだけどね。その子の家に行って学校へ来るよう誘ってみて欲しい」
「何でおれ達が?」
「いや、その子の家もかなり特殊でね⋯⋯」
錦織は口ごもった。それ以上は言わず、手元のメモ帳に住所を記載して香流に手渡す。
「行ってみれば分かるよ」
記載された住所を見て、香流と中川は顔を見合せた。
★★★★★
地図もないのに住所だけではどうにも出来ず、野良猫やスズメに聞いて大体の位置が分かったので中川と2人で仕方なく向かっている。
分からなければそのまま帰るつもりだったが、分かってしまったものは行かなければ気が済まない。何だかんだで律儀な香流に中川はふふっと笑みを零した。
「どんな子なんだろうねぇ」
「ゴリラみたいにでかいやつだったりしてな」
「柚木くんのそのゴリラに対する情熱は何なの?」
「握力500Kgの筋肉量にクールな瞳、それに草しか食べないのにその身体を維持できる内臓機能の素晴らしさは群を抜いている」
「ゴリラトーク熱いな」
「おれは絶対大人になったら筋肉ゴリラになる!」
香流の瞳が輝いている。中川は生温かい瞳で微妙な笑みを浮かべた。
案内してくれている猫も振り返って何とも言えない表情を浮かべている。なんだよ、と香流は唇を尖らせた。
「夢はでっかい方がいいよ」
「ちょっとバカにしてるだろ」
「してないしてない。それより柚木くん、気づいてる?」
「何を?」
話している2人の右側の景色が、ずっと石垣で覆われている。
石垣の上に瓦が乗っている、昔ながらのつくりの石垣は軽く50メートルは続いていた。
そしてそれがまだ視界の先も続いている。
「要塞かな?」
「でっけぇー」
猫がひょいと石垣の上に飛び乗った。
飛び乗れと言うことだろうか。香流が真似をしようとすると、慌てて中川が身体にしがみついた。
「ちゃんと正門から入ろうよ!」
「でも猫が⋯⋯」
「ここは人間社会だから!」
人間社会の何たるかを天使に説き伏せられてしまった。
むぅ、と眉根を寄せながらも飛び乗る事は諦める。しぶしぶながらまた先を歩いていくと、ようやく門が見えてきた。
立派な屋敷門だ。そしてその前に何だか厳つい黒服の男が2人立っている。
香流と中川はスルーしてその隣を通り過ぎた。
「ちょっと待て」
右側の黒服が話しかけてきた。
香流と中川は同時に右黒服を見上げる。う、と右黒服は言葉を失った。
「何で超ド級の美少女がうちに⋯⋯!?」
「なぁ、制服見ろよ」
「いつもの事いつもの事」
キラキラを振りまきながら歩いていく美少女2人を、どうしていいのか困惑しながら見守る黒服2人。
門から家までも遠い。なんてめんどくさい家に住んでいるんだと香流はげんなりした。
「ほんとにここで合ってんのか?」
「照合するものがないから何とも言えないねぇ」
香流と中川がのんびり会話をしていると、その周りを、黒服が一斉に取り囲んだ。
「侵入者だな」
「見た目に騙されるな!」
門番を合わせて5人ほどの黒服を流し見ながら、香流はふぅんと顎に手を当てて考える。
そしてにやりと笑うと、右手を上げて思い切り下げた。
「伏せろ!」
黒服が一斉に地に伏せた。
中川がおぉと感心した声を上げる。香流はふふんと胸を張った。
「3回回って吠えろ!」
次いで、黒服が一斉にくるくる回ってわんわん言い始める。
「じゃあ次は犬のおまわりさんを歌え!」
「何で犬のおまわりさん?」
「思いついたから!」
野太い声の犬のおまわりさんを聴きながら、香流は玄関へ足を向ける。
玄関の引き戸が開いた。そして勢いよく飛び出してくる何かを、両腕をクロスして受け止める。
「ちっ」
「出てくると思ったぜ!」
飛び蹴りを噛ましてきたのは青い髪の美少女だった。
中川はこそっと黒服に混ざって犬のおまわりさんを歌い出す。香流は中川の事は気にとめず両腕を振り払った。
「誰だてめぇら!」
「同級生だよ!」
犬のおまわりさんをBGMに、2人が地面を蹴る。
殴り合いの喧嘩を始める香流と、恐らく柳瀬と言う同級生を眺めながら中川はのんびり歌い続ける。香流が楽しそうなので止めるつもりはなかった。
それに、柳瀬の拳をいなしながら、香流はなるべく手は出さないようにしている。防戦一方の香流に痺れを切らしたのか、柳瀬が腰元の扇を取り出した。
「四扇華!」
柳瀬が扇を開きながら何かを叫ぶと、扇から出た白い光が円を描く。その円に4つの赤い点が花開いたかと思えば、香流の方へ真っ直ぐ飛んできた。
香流は学ランを脱ぎ捨てると、飛んでくる赤い花を包んだ。瞬間、燃え上がる学ラン。
視界が学ランへ向いている間に、香流が柳瀬に足払いをかける。柳瀬の身体が地に伏せた。香流は押さえつけるように柳瀬に覆い被さる。
「くっ⋯⋯」
「おれの勝ち!」
「しかし学ランは燃えている」
中川は両手から淡い光を出して燃え盛る火を消した。
悲しみのカッターシャツだけになってしまった香流は、少し悲しい顔をして焼け焦げた学ランを見ていた。
さようなら学ラン。これでダメになったのは2着目だ。
「尊い犠牲だった⋯⋯」
「ま、まぁ、もうすぐ夏服だしな」
「まだ4月だけどねぇ」
強がりを言って何とか自分を言い聞かせようとする香流だが、中川のツッコミは容赦がない。
柳瀬は反撃の隙を伺っていたが、腹の上でしょうもない会話をしながらも香流に隙はない。それに未だに耳に入る犬のおまわりさんが気になって反撃どころではない。
柳瀬は諦めてぱたりと頭を地に着けた。空が青い。雲がゆったりと流れていく。
「まさか地球の神がわざわざ家に来るとはなぁ」
柳瀬はぽつりと呟いた。
香流と中川は顔を見合わせる。言ったっけ。いや言ってないよね。目線で会話する2人に、柳瀬は静かに言葉を紡いだ。
「俺みたいな異世界人の間で噂になってる。地球の神を掌握すれば地球を我がものに出来るってよ」
「えぇ、誰がそんなこと言ってんだよ⋯⋯」
「さぁな。俺は母親から聞いた話だ。ほら、俺の負けだからさっさと下りろよ」
柳瀬はしっしっと手を払った。
香流が素直に柳瀬から下りると、柳瀬はゆっくりと上体を起こした。
ミニタリーのシャツに黒いズボンの、少しヤンキーのような服装が全く似合っていない。
スポーツ狩りに整えられている髪も、切れ長の瞳も、爪楊枝どころか鉛筆が乗りそうなくらい長すぎる睫毛まで真っ青の、確かにどこからどう見ても地球人の風貌ではなかった。
そして360度女の子に見える。
でも一人称は俺と言っていた。
つまりは⋯⋯そういう事だ。
香流はぽんぽんと柳瀬の肩を叩いた。
「お前もいいやつだ」
「はぁ?」
「あぁ、その人女の子に見える男の子が全部味方に見える呪いにかかってるんだよね」
どんな呪いだよ。と思ったが、香流と中川をまじまじと見て柳瀬は妙に納得した。
全員男なのが残念なほど美少女の博覧会が出来ている。柳瀬はもう馬鹿らしくなってもう一度地面に寝転んだ。
「女男に負けるなんて⋯⋯」
「お前には言われたくないけど!?」
「そんな中途半端な髪でなーにが男の子でーすだよ。俺くらい短くしろよ」
「似合わねぇんだよ分かんだろ!」
「いっそつるっパゲにしやがれ」
「おれは中身が男らしいからいいんだよ!」
柳瀬と香流が不毛な争いをしている。
中川は苦笑いした。結構気が合ってるじゃん。ちなみに中川は女顔のことなんて気にしたことがない。だっておれは可愛い天使だもの。
「ねぇ柚木くん、いつまで犬のおまわりさん流すの?」
「終わらせるの忘れてた」
「お前、それで隠してるつもりなのマジでバカだからな」
起き上がりながら冷たい目を向ける柳瀬の意見が手厳しい。香流はぐぬぬと歯噛みしながら犬のおまわりさんを終了させた。
黒服達がぜぇはぁと肩で息をする。延々犬のおまわりさんループは確実に喉の水分を奪い取っていった。水を求めてバタバタと玄関の中へ入っていく黒服達を美少女(男)3人は見送る。
「えーと、何?柳瀬は異世界の人なの?」
「まぁな」
「まさか地球侵略⋯⋯?」
中川は昼間見た虫達のことを思い出す。そう言えばあいつら地球を明け渡せとか言ってたな。あんな弱かったのに。
「違う。俺はもう8代前から地球に住んでる。俺の先祖は魔族、母親が異世界人。それ以外は人間だ」
「あれ?でも犬のおまわりさん歌ってなかったよね?」
「そう言えばそうだな」
香流はすっと柳瀬に手を差し出した。
「柳瀬、お手〜」
「するかぁ!」
柳瀬は香流の手を振り払った。
「俺は先祖返りと母親の血が濃いせいで人間の血はほとんど流れてないんだよ!だからお前の言うことなんてこれっぽっちも響かねぇの!」
「確かにすげぇ青いもんな」
「すげぇ青い⋯⋯」
急に傷ついた顔をする。柳瀬はがくりと項垂れると、深いため息をついた。
「やっぱり変だよな⋯⋯」
「先祖返り云々より青いって言われるのが嫌なの?」
「俺のもともとの髪色は黒だ。青くなったのはつい最近なんだよ」
柳瀬は自分の前髪を摘んだ。
根元から真っ青の髪は、まるでペンキを零したような青さだ。ここまで青くするには相当髪色を抜かなければ入らないだろう。
「綺麗な青なのにな」
「きっ⋯⋯!綺麗とか言うなよ!男相手に!」
「何だよ。男相手でも綺麗な字だねとか褒めるだろ」
「字と同列⋯⋯」
「大体おれと中川も金と銀だよ。珍しいのは一緒だろ」
香流は自分と中川を指さした。中川はまぁねぇとニコニコしている。
「金さん銀さんと一緒にすんな」
「金さんじゃなくておれは柚木香流。あっちは銀さんじゃなくて中川宙」
「⋯⋯っ、もう、お前と話してたらバカらしくなってきたわ⋯⋯」
「何だよ」
悪口も悪態も通用しない相手にずっと悪態をつき続けられるほど柳瀬は辛抱強く出来ていない。
大体、香流も中川も柳瀬を一度も責めて来ない。学ランを燃やしたのに、異世界人だと打ち明けたのに、バカにした態度を取っているのに。
何で平気な顔して褒めて来るんだ。
何でさっさと帰んないんだ。
「⋯⋯何しに来たんだよ」
「あっ。そうだ忘れてた!柳瀬、明日は学校行こうな!」
「おれたち柳瀬くんの事誘いに来たんだよ〜」
「⋯⋯は!?行かねぇよ!」
「何で?」
香流と中川はきょとんと首を傾ける。
柳瀬は苛立ちながら声を荒らげた。
「だから!こんな青かったらバカにされるだろ!」
「何で?」
「何でって⋯⋯!」
「綺麗なのになぁ」
「うん、いいよね青いの」
「お前らには普通の感性が育ってねぇのかよ!」
「だって森育ちだもん」
「だって天使だもん」
なー。ねー。と和やかな天然記念物コンビに柳瀬は地団駄を踏んだ。
コイツらと話してたら自分の悩みがちっぽけなものに思えてしまう。
急に髪の色が変わって、元々浮いていた自分から更にクラスメイト達が離れてしまったこと。
家柄も相まって、もう近寄ってくる子供はいなくなった。外に出るだけで奇異の目で見られる不快感。
もう外には出ないと宣言する自分に、父も母も好きにしろと興味も持たれなかった。
ただただ、ひとりで。どう生きていけばいいのかも分からず、ずっとひとりで。
嫌いだ。何もかも。そう思い込むことで自分を保つので精一杯だった。
なのに。
「⋯⋯おい金色」
「柚木だよ!」
「お前、地球の神なんだよな?」
母親から聞いた。御伽噺のひとつかと思っていたが、こいつは確かに黒服達を意のままに操っていた。
地球には神がいる。
全ての生き物を手中に収め、かつ、命令権を持つとんでもない化け物がいるのだと。
もし、こいつが本当にそうだと言うのなら。
「俺が学校に行けるように何とかしてみろよ」
柳瀬はふんぞり返って言った。
香流はぽかんとする。抽象的すぎて何を言われているのかさっぱり分からない。
「朝起きて制服に着替えたら行けるんじゃないの?」
「違う!そうじゃなくて!」
「柳瀬くんの青色が目立たないようにすればいいってことじゃない?」
中川がすかさずフォローを入れた。香流はなるほどと頷き、地面に手をつく。
「じゃあ、みんなの髪を染めさせたらいいんだな!?」
柳瀬は思った。ものすごい雑な解決法を思いつかれてしまった。
中川は思った。ものすごい雑な解決法を思いつかせてしまった。
中川が止める前に、香流は叫ぶ。
「島中みーんな色んな髪色を変えろ!」
地面を伝って、島民達に命令が届く。
ガラリと玄関が開いた。ぞろぞろと黒服達が門の外へ出ていく。
それと同時に、香流の身体がぐらりと傾いた。慌てて中川が支える。中川が覗き込むと、香流は相変わらず幼い表情で眠りについていた。
「寝てる⋯⋯」
「お、おい。どうしたらいいんだよ」
「柚木くん!ゆーずき!起きて!」
中川が揺すっても香流は一向に起きる気配はない。
命令を取り消してもらおうにも香流が起きてくれないとどうにも出来ない。立ったまま寝ている香流をずっと支え続ける筋力も体力も中川にはない。
「柳瀬くん!助けて!」
「お、おう。とりあえず布団に寝かせるか?」
「何が起きてるのぉ⋯⋯?」
体勢を変えようが揺すろうが全く起きない香流に呆れながら、中川と柳瀬は香流を連れて柳瀬家の敷居を跨いで行った。
結局、香流は朝まで起きることはなかった。
翌日。すっきりと目覚めた香流は、隣で眠っている中川と柳瀬に驚きつつも、まぁいいかと黒服に風呂場へ案内してもらった。
朝のシャワーを浴び、さっぱりしたお礼に朝食を作る。食事当番の黒服(緑髪)から柳瀬母がいなくなってからずっとカレー生活だと相談を受けたので、今度作りに来てやるよ!と自分の腕前に太鼓判を押しておいた。
冷蔵庫の食材を借りてえびサラダとハムチーズトースト、オムレツを人数分こしらえた頃に中川と柳瀬が起きてきた。
黒服は全員で5人。何故かみんな違う髪色だ。赤、緑、黄、茶、紫⋯⋯。
派手な家族だなぁと香流は心の中で呟いた。
★★★★★
「柳瀬、急に泊まって悪かったな!」
シャツも学ランも貸してもらい、何なら新品の肌着までもらった香流は機嫌よく通学路を歩く。
中川と柳瀬は朝から疲れた表情だ。昨日は大変だった。風呂場が毛染めをする黒服達で埋め尽くされ、もしやと思って薬局まで走ると毛染めコーナーが空っぽだった。話しかけても誰も「髪を染めないと」とブツブツ呟いているし、ゾンビ映画にも似たあまりのホラーすぎる光景に中川と柳瀬の間に友情が芽生えたほどだ。
命令を下した当の本人はぐーすか眠っているし。晩ご飯のカレーは美味しかったけど、どうせ泊まるなら楽しくお泊まり会をしたかった。あんな疲れきって布団に倒れ込むのはもう勘弁だ。中川は自分の迂闊な発言をひたすら後悔していた。
「おれ、友達の家に泊まるの初めてだったなー」
上機嫌の香流がにこにこと柳瀬に話しかける。柳瀬は肩を跳ね上げた。
「友達⋯⋯!?」
「え?」
「えっ!?」
聞いたことはあるが、身近ではなかった単語が聞こえてきた。
しかも香流はこちらを向いている。
あ、中川か!?いや、中川は柚木の向こう側だ。じゃ、じゃあやっぱりこれは俺に対しての⋯⋯!?
「⋯⋯い、⋯⋯いいけど」
「今度は枕投げしような!」
「修学旅行かな?」
⋯⋯友達。
柳瀬くんちこわーい。
柳瀬くんと遊ぶなってママが言うから。
ねぇなんで青くなっちゃったの?
やっぱり柳瀬くんって変だよね。
「⋯⋯柚木は、俺のこと嫌じゃないの」
「どこが?」
「どこが⋯⋯って。あ、青いし、うちの家業も、⋯⋯」
「かぎょうって何?」
「お家のお仕事のことだよ〜」
「お家のお仕事なんか柳瀬に関係ねーだろ?」
だから。
何でそんな適当に言うんだよ。
勝手に俺が悩んでたこと軽くすんなよ。
胸に燻ってた黒いものを無遠慮に溶かして行きやがって。
嫌いだ、こんなやつ。
嫌いだ、グズグズ言う俺も。
「おれは友達だと思ったやつを友達って言うの!」
お日様みたいに笑うお前なんか、―――大嫌いだ。
柳瀬は上がる口角を抑えられず、誤魔化すように大袈裟に頷いた。
零れた涙は欠伸が出たからだって、心の中で言い訳しながら。
そうしてたどり着いた教室は24色クレパスのようにカラフルで、担任も虹色に染め上がっていた。
たった1日しか経っていない教室の変わりように、柚木は「何で?」と不思議そうに呟いて両隣から盛大にため息をつかれた。
その夜。香流は家で白髪の賢吾と橙髪の雲雀に再度こっぴどく叱られたのだった。
