地球の神様『生物係』!

 今日は土砂降りの雨だ。
 窓を打ち付ける雨の音がBGMのように流れてる。
 リビングでは静かに本を読む賢吾、雨宿りに来た猫とじゃれる香流、テーブルに突っ伏す柚姫の3人が思い思いに過ごしていた。

「宿題が、終わらないのよ⋯⋯!」

 いや、1人は嘆いていた。
 メソメソ涙を零す柚姫を横目で見ながら、香流は軒下で待機列を作る猫を順次なでなでゴロゴロと(さば)いていく。

「1組ってそんな宿題多いの?」
「いや、プリント3枚」
「絶対値ってなにが絶対なのよ〜。人生に絶対なんかないのよ」
「算数と人生を同列に語らないでよ⋯⋯」

 急に深いことを言い始める柚姫は、小学生の時から算数が苦手だ。
 10歳の誕生日の時、10まで数えられたら生きていけるんじゃないかと本気の目で語っていた。だからと言って生きていくうえで11を見捨てるわけにはいかない。

「賢吾はもう宿題終わったの?」
「昨日のうちに終わらせてるよ」
「何でお兄ちゃんは宿題ないの!?」
「知らね」

 香流は2組、柚姫と賢吾は1組。この休日は宿題の量で明暗が分かれてしまった。
 尚もメソメソする柚姫を見上げて、猫の顎を撫でながら仕方ねぇなぁと香流は呆れる。

「終わったら好きなもん1つ作ってやるよ」
「本当!?ゆずパンケーキがいい!」
「いーよ」
「お昼ご飯はオムライスがいい!」
「柚姫、1つって意味分かるか?」

 さりげなく2つリクエストされたが、まぁそれくらいいいかとそれ以上は言わなかった。
 柚姫がやる気になったのならそれはそれで構わない。外の天気も小雨になってきた。

「早く雨上がんねーかなぁ」
「どこか行くの?」
「ずーっと家はつまんねぇもん」
「たまには読書でもしたら?」
「やーだぁー」

 香流がごろりと寝転ぶと、軒下の猫集団が一気に集まってきた。顔中毛だらけモフだらけ。

「死ぬ!」

 窒息しそうになってがばっと起き上がった。
 猫が香流の身体からにゃーにゃー落っこちる。頭にまだ1匹残っている。頭が重い。

「可愛い」

 賢吾の灰色の瞳が細められる。香流が猫をつまんで膝に下ろすと、そのタイミングでインターフォンが鳴った。
 猫達が一斉に外へ出て行く。

「へーい」

 身軽になった香流が玄関を開けると、玄関先には同じ村出身で幼なじみの(まゆずみ)兄弟が立っていた。
 弟の方は兄と手を繋ぎ、兄の方はサングラスをかけている。
 香流は秒でサングラスをむしり取った。

「やめて!目が!目が眩む!」
「おはようございます、香流お兄ちゃん」
「おはよーっす。遊ぼうぜ、(しぎ)!」
「うん!」
「サングラス返してよ!」

 目を瞑りながら手をバタバタさせている兄の方は雲雀(ひばり)と言う。香流が雲雀にサングラスを手渡すと、雲雀はサングラスをかけ直してほっと胸を撫で下ろした。

「急な可愛さは心臓に悪いからやめてよね」
「室内でサングラスってどーなの?」
「仕方ないだろ、お前らが可愛すぎるんだから!」

 そんな事言われても知らんがな。

 雲雀は重度の双子アレルギーで、間近で顔を見ると何故かいつも発狂する。小学生からの付き合いなのに、もう6年以上まだ慣れていない。
 香流は鴫の手を引くと、機嫌よくリビングへ向かった。うるさい雲雀は置いといて、暇つぶしの相手が出来たことに上機嫌だ。

「賢吾ー!雲雀と鴫が来た!」
「香流。インターフォンには出ないと防犯の意味がないと思う」
「なぁ鴫!キャッチボールしようぜ!」
「香流。室内だから」

 もう読書は不可能と判断して、賢吾は本を閉じた。
 開けっ放しの掃き出し窓を閉め、サングラスをかけたままの雲雀が視界に入るとはぁとため息をつく。

「今日お日様出てた?」
「部屋に2つ眩しいお日様がいる」
「そのうちのひとつは雲に隠れてるよ」

 柚姫は遊び出した香流と鴫を見てぐぬぬと歯噛みした。

 ゆずも一緒に遊びたい。また雨足が強くなっていく。

「柚姫、まだ宿題してんの?」
「まゆー!終わらないのよー!」
「どこが分かんないんだ?教えてやるよ」

 雲雀はサングラスをかけている時だけ双子と普通に会話が出来る特殊体質だ。
 そして和室で香流と鴫がゴムボールを使ってキャッチボールをしている。楽しそうなふたりを眺めながら、賢吾は穏やかに微笑んだ。
 
 その矢先、賢吾の隣からバチーン!と音がした。
 
 雲雀のサングラスが顔にくい込んでいる。あーあ、と賢吾は苦笑いした。

「ごめんね、兄さん!」
「リアルに痛い」
「まぁ投げたのおれだけどな」
「香流は謝って?」
「ごめん」

 心のこもっていないごめんだった。雲雀の眉根がきゅっと寄せられる。

「お前さぁ、4歳児と本気でキャッチボールするんじゃないよ⋯⋯」
「だって暇なんだもん」
「ぼくキャッチボール上手くなったんだよ!」
「おれの指導のたまものだな」

 イエーイ!と12歳児と4歳児が手を合わせた。仲良しで何よりだが、賢吾と雲雀はテーブルに腰掛けながら頭を抱える。

「あの野生児何とかならないのかな」
「見た目だけ天使なんだけどな。見た目だけ」
「妹はアホだしね⋯⋯」
「もうアホでいいからお勉強教えて欲しいのよ」

 柚姫がまた涙目になる。
 途端、ガタガタと窓が揺れるほど雨足が酷くなる。外は嵐だ。柚姫の気分に影響されるように、天候が荒れている。

「ほら、泣かずにどこ分かんないか教えろよ」
「全部⋯⋯」
「全部かぁー」

 雲雀は呆れたように笑った。


 ★★★★★
 
 
「おっ⋯⋯わったぁー」

 最後の数字を書き上げ、柚姫はぺたんとテーブルに突っ伏した。
 雲の隙間から晴れ間が見える。涙の嵐はどこへやら、途端にニコニコ上機嫌な柚姫は嬉しさを噛み締めてジタバタと足をばたつかせた。

「お兄ちゃん!」
「はいはい、パンケーキな」
「わぁ!香流お兄ちゃんのパンケーキ!」
「お腹空いたのよ〜」

 香流はゴムボールを鴫に手渡すと、手を洗いに洗面所へ向かった。鴫は雲雀の元へ向かい、雲雀にぎゅっと抱きつく。

「お兄ちゃん、ぼくも食べていい?」
「全部はダメだぞ。半分な」
「何でダメなのよ?」
「昼ごはん食べれなくなる」

 時刻は10時を過ぎた頃だ。これはおやつよりご飯を食べて欲しい兄心なのだが、柚姫と鴫からはブーイングが飛んできた。

「お兄ちゃんのパンケーキ美味しいのよ!」
「おれもぜんぶ食べたい!」
「まゆ、昼ごはんはオムライスだってよー」

 香流が笑いながら洗面所から出てきた。鴫がオムライスを好きなのは知っている。柚姫と鴫は味の好みが似ているからだ。
 
「わーい!オムライス大好き!」
「まぁ食べて運動すりゃまたお腹空くだろ。で、賢吾と雲雀は何枚食べんの?」
「4枚」
「俺も」
「兄さん達ずるい!」
「お兄ちゃん達は食べ盛りなんです!」

 黛家の12歳と4歳が本気で喧嘩している。
 香流は冷蔵庫を開けてたまごと牛乳を出して、テキパキと準備を始めた。
 キッチンに立つのは昔から自分の仕事だ。村のおばあちゃんに仕込まれた料理の腕前は、日々レパートリーを増やして改良も重ねている。

「待ってる間何するの?」
「ゆず、すごろくがいい!」
「鴫もできるすごろくあったかな」
「大丈夫、柚姫が出来るなら鴫も出来るよ」

 お日様が差し込み、リビングは賑やかだ。
 子ども達だけの休日は穏やかに時が過ぎていく。


 
 ふわふわパンケーキをとっても幸せなお顔で食べ、外に出ると虹がかかっていた。柚姫はキラキラと目を輝かせる。

「お兄ちゃん、虹よ!」
「柚姫、行くか!」
「うん!」

 柚姫は許可もなしに賢吾と雲雀と鴫も浮き上がらせた。
 大気の流れを変え、ひとの重力を地球から逆らわせる。急に身体が浮いたせいで雲雀のサングラスが地面に落ちた。

「俺のサングラス!」
「お兄ちゃん、今日はどこ行く!?」
「雲で遊ぼう!」

 雲雀のサングラス愛も虚しく、身体がぐんぐんと上がっていく。

「まゆ、一緒にお城作ろ!」

 急に近くに現れた柚姫に、雲雀はひゅっと息を飲む。
 可愛い。可愛すぎる。
 視界の暴力が過ぎる。雲雀は両手で顔をおおった。

「ごめん目が潰れた」
「えっ!?」
「柚姫。いつもの発作だから気にすんな」
「そもそも雲は水蒸気だから遊べないのでは?」
「じゃあ鳥を呼んで鬼ごっこしよう!」

 香流が言うと、一斉に鳥達が周りに現れる。
 雲雀と鴫が抱きしめあって肩をこわばらせた。慣れている賢吾は何の表情も変えずカモメの1羽を撫でる。

「可愛い」
「よし、ルールはお前らが捕まらずに逃げること!」
「ちょっと待って、開始する前に操作方法を教えて!」
「そんなもん気合いで習得しろ!」
「ほんと可愛いのは顔だけだよな、香流は!!」

 言い終える前にウミネコの群れが雲雀に突撃した。

「ぎゃあぁ!バサバサする!」
「鴫ちゃん、一緒に逃げるのよ!」
「柚姫お姉ちゃん、ちょっとぼくには速いかなぁぁ」

 散々な目にあう黛兄弟を尻目に、香流と賢吾はのんびり鳥達と戯れる。香流は言い出しておいて鬼ごっこはしないらしい。

「アホウドリはでかい、カモメはちょっとでかい、ウミネコはちょっとちいさい」
「香流って鳥好きだよね」
「だって飛べるもん!飼うなら鳥がいいなぁ。おれを乗せて飛べるくらいのでかいのが飼いたい」
「その鳥は民家に住めないと思うよ?」
「じゃあペンギンでもいいよ」
「両極端だなぁ」

 呆れる賢吾に香流はにんまりと笑った。

「絶対飼うから飼い方調べとけよ!」
「なんで俺が?」
「だってずっと一緒だって約束しただろ!」

 あの日、森の中で出会った日から。
 親に捨てられて死を待つだけだった賢吾の手を引いて、救いあげてくれたのは香流だった。
 その時から、ずっと家族として過ごしている。
 
 でも、子どもを乗せることの出来るでかい鳥(種族不明)かペンギンを飼うと言うのは話が違う。

「ダメです」
「えー、何で」
「俺達はまだ学業に専念する歳だから」
「じゃあちゃんと学校行ったら飼ってもいい?」
「ダメです」

 そういう問題ではない。
 拗ねる香流に鳥達が寄り添った。まぁ今はこうしてたまに一緒に遊ぶだけでもいいか。

「月曜日は学校行けるかな」
「中川と学校行くって約束したからなぁ」
「中川って誰?」
「学校の友達」
「何で学校行ってないのに友達出来るの?」

 本当にこの兄は全くわけが分からない。
 うーん、と香流はあの事を言うべきか悩んだ。
 何だかよく分からない黒い霧に襲われたこと。中川が人間ではなく天使だということ。
 賢吾は普通の人間だ。あんまり心配させるような事は言いたくない。

「おれが学校行けてないから、迷子かと思って探しに来た隣の席の中川と会って友達になった?」
「何で疑問形?」
「まぁ、いいやつそうだから大丈夫だよ」

 香流は話を切り上げるように、ふわふわ飛んで賢吾から離れた。
 当たり前のように鳥達がついていく。正しく人間ではない香流を見送りながら、賢吾は小さく零した。

「⋯⋯ま、無茶さえしなければいいか」

 香流は落ち着きはないけれど、さすがに身を滅ぼすような無茶はしないだろう。
 そう願いながら、賢吾も香流の後に続いた。