きみのポケットに入ってた恋

 風紀委員室の机は集まった風紀委員たちで埋まっていた。
 橋村が黒板の前に立っている。委員たちは各々静かに橋村の話を聞いていた。

「今度の能力開発成長発表会、もう知ってると思うが、風紀委員には受付をしてもらう」

 希美は手元のプリントを見る。

「一応能力発表会について概要な」

 希美をはじめ、皆落ち着いた表情でプリントを確認していた。

「毎年六月。能力開発の科目で優秀、または特殊であると判断された選抜生徒による企業や公機関、入学希望者への発表会。文化祭にも似た側面はあるが、こちらはよりアカデミックな催しだな。開催時期にばらつきはあるがハネの教育機関は開催が義務。ウチは学校説明会なんかも同時に行ってるな」

 橋村は告げながら手元の紙束をめくっていく。

「そんなお堅い催しの受付。身なり、態度にはとにかく気を付けること。ボタンはできれば第一までとめること。開けても一つまで。そん時だけでいいから」

 身も蓋もない言い方に教室では微かに笑いが起こった。希美は斜め前に座っている礼司をちらりと確認する。礼司は相変わらず、だらりとした座り方をしていた。希美は一人、他と違う意味の笑みを浮かべた。

「ペアと時間帯はこちらで決めたものがあるから。配るぞ」

 橋村が一番前の席からプリントを配っていく。希美も回ってきたプリントに目を通した。

『あ』

 希美の瞳に、速水・香坂の文字が映った。同じ時間帯に、共に受付をする。

『速水先輩と、いっしょ』

 希美はそっとプリントから礼司へと視線を移した。礼司はじっとプリントを見ているようだった。



 数刻を経て委員会会議は終了した。希美は机で自分のプリントを丁寧にひとまとめにしている。近寄ってきた礼司が希美の机の前に立った。

「香坂」

 呼びかけに希美は顔を上げる。

「速水先輩」

 二人の視線が交わった。礼司は薄く微笑む。

「ペア、よろしく」
「あ、はい……よろしくお願いします」

 希美は軽く頭を下げた。

「伝達とか変更とか、また急に行くかもしれないけど、悪いな」
「いえ! 気にしないでください。むしろ先輩ばかりすみません……!」

 申し訳なさに希美は両手をぶんぶん胸の前で振る。

「いいよ。別に」

 その様子を見た礼司が、くしゃっと笑った。希美は一瞬目を丸くしたが、すぐに顔をほころばせる。



 委員会会議を終えた羽瑞学園。夕焼けに染まった校門までの道を、希美は一人歩いていた。希美はふと、礼司の笑顔を思い出した。

『笑った……』

 希美は口元を覆い、ゆるむ頬を隠す。希美の背中が軽く叩かれた。振り向く希美に、由佳の声が重なる。

「希美!」
「由佳ちゃん。由佳ちゃんも委員会時間かかったんだ!」
「そー! どうでもいいよ発表会とか」
「まあまあ」

 むくれる由佳を希美がさらりと諌めた。由佳は希美を見つめると、小さく首を傾げる。

「希美なんか良いことあった?」
「え?」
「ちょっと嬉しそう」
「嬉しそう……」

 希美は少しだけ目を伏せた。呟くように言葉を紡ぐ。

「嬉しかったのかな……」
「なにそれー!」

 由佳がけらけらと笑った声が夕闇に響く。希美はしばらく自分の靴を見つめていたが、間もなく顔を上げ、そっと由佳に笑いかけた。



 夜半の自室にて。希美は部屋着で勉強机に頬杖をついていた。ぼんやりと今日一日を思い返す。希美はおもむろにスマホを取り出した。操作して映し出したのは礼司とのメッセージ履歴だった。

「ペア、かあ」

 呟き、希美は再び頬杖をつく。どこか遠くを見るような表情だったが、無意識に口元は緩んでいた。



 数日後。委員会会議に出席するため、希美は風紀委員室の前にいた。静かに扉を開けて入室する。
 やはり礼司が窓際に座っていた。音で扉を見た礼司が希美に声をかける。

「よ」
「こんにちは」

 希美は後ろ手に扉を閉めた。

「いつも早いな」
「ありがとうございます。でも先輩の方が早いですよね」
「教室が近いんだよ」
「ああ、なるほど」

 答えながら、希美はどこに座ろうか少し迷った。風紀委員としての自分の定位置に座るべきかそれとも。今はまだ委員会は始まっていないのだ。礼司の低い声が空気を揺らす。

「香坂」
「え、はい」

 希美の逡巡を知ってか知らずか、礼司は自分の隣の席の椅子を引いた。

「ちょっと情報交換しようぜ」
「なんですかそれ」

 言葉とは裏腹に希美の表情は明るい。希美はそっと礼司の隣の席に座った。それを見た礼司の顔にも笑みが浮かぶ。礼司は一瞬考えるそぶりをした後、小さな疑問を口にした。

「受付やるってことは、香坂は発表者じゃないんだよな?」
「当たり前ですよ! そんな、とんでもない」

 希美は食い気味に否定する。

「そんなにか? 誰にでも可能性はあるだろ」
「それはまあ……そうなんですけど」

 きょとんとした様子の礼司に、希美はもごもごと口ごもる。ふと希美の頭にも疑問が浮かんだ。

『先輩のハネ、どんなものなんだろう……』

 希美はちらりと礼司を見上げる。

「あの……」
「ん?」

 丁度その時、風紀委員室の扉が開けられた。橋村だ。

「ん、早いな」
「こんにちは」
「……こんにちは」

 希美と礼司が続けて挨拶をする。希美は移動しようと席から立ち上がった。礼司が希美を見上げる形で引き留める。

「今なんか言いかけなかった?」
「あ、全然! どうでもいいことだったので……」
「ならいいけど……」

 困ったように笑う希美を見た礼司はすぐに引き下がった。希美は小さく頭を下げる。

「ありがとうございました。情報交換」

 礼司はニカッと口角を上げた。

「こちらこそ」

 希美もにっこりと笑う。わずかな時間だったが、希美の心は温かく深い満足感で満ちていた。