「漆黒の風 ―総長、走る街――」


夜の街は、濡れたアスファルトにネオンの光を映しながら、静かに呼吸していた。高層ビルの間を吹き抜ける風は冷たく、遠くの工場地帯からは鉄骨が軋む音が聞こえる。街灯に照らされた路地には、ゴミ袋が揺れ、雨上がりの水たまりが光を反射して小さな星のように輝く。
錆びた鉄橋の下に停められたバイクの集団。その中心に立つのは天城零――黒革ジャンを身に纏い、メタリックブルーのヘルメットを手に持った男だった。彼の瞳は夜空のように冷たく、しかし熱い決意が秘められている。
「零……今日の場所、俺たち、マジで大丈夫かな」副総長の亮が不安げに声を落とす。
零はゆっくり振り向き、夜空を見上げた。「わかってる。だから俺たちは走るんだ」
亮は腕を組みながら苦笑する。「走るって……どこまで行くんだよ。旧工場跡、人気ゼロだし、夜風で鉄骨が軋むし……」
無口な機械担当シンジが、バイクのハンドルに手を置きながら答える。「準備はできてる。だが……奴ら、侮れない相手だ」
「俺たちは天城組だ。互いを信じるしかない」零がにやりと笑う。
「……でも、俺、ちょっと手が震えてるっす」ヤマトが小声でつぶやく。
零はヘルメットをかぶりながら腕を組み直す。「大丈夫。お前が倒れそうなら、俺たちが受け止める」
バイクのエンジンが一斉に唸る。低く重い音が路地に反響し、夜風に混ざった排気ガスの匂いが鼻を突く。ネオンの赤や青が流れるように移動し、アスファルトに映った光が稲妻の軌跡のようだ。
「見ろよ……街の光、こんなに速く流れるの、初めて見た」ヤマトが目を輝かせる。
「夜は街を変える……昼とは違う顔を見せる。そして俺たちは、その流れに乗る」零の声に、仲間たちは自然と背筋を伸ばす。
やがて旧工場跡に到着。錆びた鉄骨と崩れかけたコンクリートが、月明かりに影を落として不気味に揺れる。遠くに赤く瞬くライト――東条会の総長、東条竜也が鋭い目で零たちを睨む。
「おう、天城……今夜は俺たちの夜だ」東条の声が闇に溶け、冷たく響く。
「言葉だけなら誰でも吐ける」零はヘルメットを脱ぎ、月光に照らされた顔を仲間たちに向ける。
亮が小声でつぶやく。「奴ら、数……確実に俺たちより多い」
「だから何だ?」零の瞳が赤く光る。「俺たちは天城組だ。数で負けても、心で負けるわけじゃない」
シンジがハンドルを握り直す。「注意。あの建物、崩れやすいです」
「わかってる。俺たちは仲間だ。互いを信じろ。誰かが倒れても、必ず助ける」零の声に、ヤマトがうなずく。「……はい、零さん」
鉄骨が軋む音、排気ガスの匂い、月明かりに映る廃墟の影――街全体が抗争の幕開けを告げる。
零はバイクに跨り、エンジンを吹かす。「行くぞ!」
「はい!」仲間たちの声が一斉に返る。
漆黒の風に乗って、天城組は夜の街を駆け抜ける。ネオンが流れ、雨上がりのアスファルトが光り、黒い稲妻のように街を切り裂く。戦いの火蓋は、もう切られたのだ。