空は風に恋をした

春の風が、やわらかく吹いていた。

芝生の上に寝転ぶ。

空が、視界いっぱいに広がっている。

雲がゆっくり流れていた。

「……気持ちいいですね」

美空が、空を見たまま言う。

「だな」

颯太も同じように、空を見上げる。

隣にいる。

でも、顔は見えない。

その距離が、ちょうどよかった。



「うちの猫、シエルっていうんですけど」

美空が、ふと思い出したように言う。

「今日、出るときすごい顔してて」

少しだけ笑う。

「絶対拗ねてます」

「猫って、分かりやすいよな」

颯太も少し笑う。

「連れてくればよかったかもです」

「それはそれで大変そうだけどな」

想像して、二人で小さく笑う。

その空気が、やわらかい。



少しして。

「……美空」

颯太が呼ぶ。

「はい」

同じ姿勢のまま、返事がくる。



「俺さ」

少しだけ言葉を探す。

「ちゃんと、前に進めてるのか分かんない時ある」

静かな声だった。

強がらない。

そのままの本音。



美空は、何も言わない。

ただ、聞いている。



「自分で手放したのに」

ぽつりと続ける。

「それでも、思い出すことがある」

奈々の名前は出さない。

でも、分かる。

「それでいいのかって思う時もある」



少しだけ、風が強くなる。

芝生が揺れる。



「……このまま、君の隣にいて」

言葉が、少しだけ途切れる。



「いいのかって、考える」

その声には、迷いが残っていた。



しばらく、沈黙が続く。



「……私も」

美空が、ぽつりと呟く。

颯太が少しだけ目を動かす。

「迷いますよ」

空を見たまま。

声は静か。

でも、ちゃんと届く。

「こんなに好きになっていいのかなって」



「比べられてるんじゃないかって思う時もあります」

少しだけ笑う。

でも、逃げていない。

「でも」

言葉を選ぶように、少し間を置いて。

「それでも、一緒にいたいって思ったから」

まっすぐだった。



颯太は、何も言わない。

ただ、空を見る。

さっきまでと同じ空。

でも、少し違って見える。



「……ちゃんと向き合ってますよ」

美空が続ける。

「颯太さんは」

その呼び方が、少しだけやわらかい。

「だって」

少しだけ笑う。

「こんなふうに悩んでるじゃないですか」



颯太は、小さく息を吐く。

力が抜ける。

「……そっか」

それだけ言う。

でも、その声は少しだけ軽くなっていた。



少しして。

颯太が、そっと手を動かす。

芝生の上。

すぐ隣。

触れそうな距離。

ほんの一瞬だけ、ためらう。

それから——

そっと、重ねる。

美空の手に。



美空は、少しだけ驚いて。

でも、手を引かない。

そのまま、受け止める。



「……これなら」

颯太が、小さく言う。

「ちゃんと向き合えてるって思っていい?」

確認するように。

逃げずに。



美空は、少しだけ笑う。

「はい」

迷いなく答える。



指が、ゆっくり絡む。

今度は、自然だった。

離さない。

でも、強くもない。



空は、どこまでも広がっている。

その下で。

二人は、同じ景色を見ていた。