空は風に恋をした

美空はぼんやりと自販機の前に立っていた。

休憩スペースには、コーヒーの匂いと蛍光灯の白い光。

フライトの合間の静かな時間だった。

何を飲もうか考えていたはずなのに、気づけば指はボタンを押していた。

ガタン。

落ちてきた缶を取り出す。

「……チゲ」

缶に書かれた文字を見て、思わずつぶやく。

「なんで?」

自分でも分からない。

チゲスープ。

飲みたいと思った覚えもない。

ぼーっとして押したらしい。

その時だった。

「美空」

声がした。

振り向く。

少し離れたところで、朝陽がコーヒーを飲んでいた。

「ねぇ朝陽」

「ん?」

美空は缶を見せる。

「なんで私チゲ買ってるんだろ」

朝陽は一瞬、ぽかんとした。

次の瞬間。

飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。

「ちょ、待て……」

肩を震わせながら笑う。

「なんでチゲなんだよ!」

「知らないよ」

「絶対ぼーっとして押しただろ」

「してない」

「してる」

美空は少し頬を膨らませる。

朝陽はまだ笑っている。

そのままコーヒーを一口飲んだ。

美空は手に持った缶を見て、少し首をかしげる。

「……ねぇ」

「ん?」

「チゲ、飲む?」

朝陽は一瞬だけ止まる。

それから、少し呆れたように笑った。

「いらねぇよ」

「だよね」

美空は小さく笑う。

朝陽はコーヒーをもう一口飲む。

そして。

ふっと笑いが止まる。

「美空」

「ん?」

少し間。

朝陽は真顔で言った。

「飯島のこと好きだろ」

美空の動きが止まる。

手の中のチゲの缶を見る。

昨日の風。

空港デッキ。

颯太の手。

耳に触れた指先。

思い出しただけで、胸の奥がきゅっと鳴る。

好き。

その言葉を、心の中でそっと転がす。

美空は小さく息を吐いた。

それから、少しだけ笑った。

「……そうかも」

朝陽は少しだけ美空を見る。

それから、ふっと笑った。

「やっぱりな」

朝陽はコーヒーを飲み干す。

それから立ち上がり、近くのゴミ箱に空き缶を放り込んだ。

カラン、と音がした。

「ま、がんばれよ」

そう言って背中を向ける。

歩きながら、軽く手を振った。

休憩スペースはまた静かになる。

美空は手の中のチゲの缶を見る。

「……なんでチゲなんだろ」

少し考えて、プルタブを開けた。

一口飲む。

「……辛い」

思わず顔をしかめる。

でも。

さっきまでのドキドキは、少しだけ落ち着いた。

それでも胸の奥は、まだ少しうるさかった。