空港は、いつもより少し賑やかだった。
大きなガラスの向こうに、空が広がっている。
今日はよく晴れていた。
滑走路の向こうで、飛行機がゆっくり動いている。
美空はスーツケースを引きながら歩いていた。
フライトを終えたばかりで、少しだけ足が重い。
それでも空港の空気は嫌いじゃない。
ここには、いろんな人の出会いと別れがある。
それに――
空が近い。
美空は少し立ち止まり、ガラス越しに空を見上げた。
子供の頃から、この景色が好きだった。
父は航空整備士だった。
飛行機が大好きな人だった。
整備士として働く父の話を聞くたびに、美空は空に憧れるようになった。
だからこの仕事を選んだ。
客室乗務員。
空の上で働く仕事。
今日も無事にフライトが終わった。
ほっとしたような、少し寂しいような。
そんな気分で歩き出そうとした時だった。
「ママー……」
小さな声が聞こえた。
振り向く。
四歳くらいの男の子が、不安そうに立っていた。
周りをきょろきょろ見ている。
迷子だろうか。
美空が声をかけようとした、その時だった。
男の子の前に、一人の男性がしゃがんだ。
背の高い人だった。
「どうした?」
優しい声だった。
男の子が顔を上げる。
「ママとはぐれた?」
男の子が小さく頷く。
男性は男の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「よし。ママ探そうか」
男の子の表情が少し明るくなる。
男性は立ち上がった。
「ほら、肩車するか?」
「うん!」
男の子は嬉しそうに頷く。
男性は軽々と男の子を肩に乗せた。
「高いか?」
「たかーい!」
男の子が笑う。
その声に、美空は思わず笑った。
その時だった。
「りくとー!」
女性の声が響く。
男の子が振り向く。
「ママ!」
母親が慌てて駆け寄ってきた。
「すみません、本当に……」
母親が何度も頭を下げる。
男性は笑って首を振った。
「いえ。見つかってよかったです」
りくとは肩から降りると、男性に向かって手を振った。
男性も少し笑って、小さく手を振り返す。
そのまま立ち去ろうとする。
美空は思わず声をかけた。
「ありがとうございました」
男性が振り向く。
少し驚いた顔をして、それから笑った。
「いえ」
その時だった。
「美空?」
後ろから声がした。
振り向くと、制服姿のパイロットが立っていた。
朝陽だった。
「あ、朝陽」
朝陽は男性の方を見て、少し笑う。
「見てましたよ」
男性が首を傾げる。
「肩車。似合ってました」
男性は小さく笑った。
「迷子だったんで」
朝陽は美空を見る。
「知り合い?」
美空は少し迷って首を振る。
「ううん」
それから男性を見る。
「迷子の子を助けてくれてたの」
朝陽は軽く頷く。
「朝陽です」
男性も軽く会釈する。
「飯島颯太です」
美空も続ける。
「私は、美空です」
三人の間に、穏やかな空気が流れる。
朝陽は時計を見る。
「そろそろ行くわ」
それから美空に軽く手を振る。
「またな」
そう言って歩き去っていった。
美空と颯太は、自然に並んで歩き出す。
空港の通路は、人の流れがゆっくり動いていた。
「あっ……」
美空が小さく足を止めた。
颯太が首を傾げる。
「どうしました?」
美空は振り返る。
「スーツケース……」
さっき立ち止まっていた場所に、ぽつんと置いたままだった。
話しているうちに、そのまま歩いてきてしまったらしい。
「あ……すみません」
美空は少し早足で取りに戻る。
その瞬間だった。
「あっ……」
足がもつれそうになる。
腕を掴まれる。
ぐっと体が引き寄せられた。
「危ない」
低い声だった。
颯太の大きな腕に支えられて、美空はようやく体勢を戻す。
「す、すみません……!」
顔が一気に熱くなる。
颯太は少しだけ笑った。
「大丈夫ですか?」
美空は小さく頷く。
「はい……」
颯太はやわらかく言った。
「転ばなくてよかった」
その横顔を見た瞬間だった。
美空の記憶が、ふっと繋がる。
夕焼けの機内。
窓際の席。
一粒の涙。
思わず声が出た。
「あの……」
颯太が振り向く。
美空は少し戸惑いながら言う。
「失礼ですが……」
一瞬迷う。
でも、続けた。
「六年前、ロサンゼルス行きの便にご搭乗されていましたか?」
颯太の表情が少し変わる。
「……なぜそれを?」
美空は少し照れたように笑う。
「なんとなく、覚えていて」
少し沈黙が流れる。
それから美空が聞いた。
「お仕事でロサンゼルスへ?」
颯太は頷く。
「ええ。ロス赴任になって」
少し笑う。
「それから日本支社に転勤になって、今日戻ってきたんです」
美空はやわらかく笑った。
「そうなんですね」
そして言う。
「おかえりなさい」
颯太は少し照れたように笑った。
「……ただいま」
その時だった。
窓の向こうで、一機の飛行機が滑走路を走り出す。
やがて、ふわりと浮き上がった。
青い空へ向かって、まっすぐに飛んでいく。
大きなガラスの向こうに、空が広がっている。
今日はよく晴れていた。
滑走路の向こうで、飛行機がゆっくり動いている。
美空はスーツケースを引きながら歩いていた。
フライトを終えたばかりで、少しだけ足が重い。
それでも空港の空気は嫌いじゃない。
ここには、いろんな人の出会いと別れがある。
それに――
空が近い。
美空は少し立ち止まり、ガラス越しに空を見上げた。
子供の頃から、この景色が好きだった。
父は航空整備士だった。
飛行機が大好きな人だった。
整備士として働く父の話を聞くたびに、美空は空に憧れるようになった。
だからこの仕事を選んだ。
客室乗務員。
空の上で働く仕事。
今日も無事にフライトが終わった。
ほっとしたような、少し寂しいような。
そんな気分で歩き出そうとした時だった。
「ママー……」
小さな声が聞こえた。
振り向く。
四歳くらいの男の子が、不安そうに立っていた。
周りをきょろきょろ見ている。
迷子だろうか。
美空が声をかけようとした、その時だった。
男の子の前に、一人の男性がしゃがんだ。
背の高い人だった。
「どうした?」
優しい声だった。
男の子が顔を上げる。
「ママとはぐれた?」
男の子が小さく頷く。
男性は男の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「よし。ママ探そうか」
男の子の表情が少し明るくなる。
男性は立ち上がった。
「ほら、肩車するか?」
「うん!」
男の子は嬉しそうに頷く。
男性は軽々と男の子を肩に乗せた。
「高いか?」
「たかーい!」
男の子が笑う。
その声に、美空は思わず笑った。
その時だった。
「りくとー!」
女性の声が響く。
男の子が振り向く。
「ママ!」
母親が慌てて駆け寄ってきた。
「すみません、本当に……」
母親が何度も頭を下げる。
男性は笑って首を振った。
「いえ。見つかってよかったです」
りくとは肩から降りると、男性に向かって手を振った。
男性も少し笑って、小さく手を振り返す。
そのまま立ち去ろうとする。
美空は思わず声をかけた。
「ありがとうございました」
男性が振り向く。
少し驚いた顔をして、それから笑った。
「いえ」
その時だった。
「美空?」
後ろから声がした。
振り向くと、制服姿のパイロットが立っていた。
朝陽だった。
「あ、朝陽」
朝陽は男性の方を見て、少し笑う。
「見てましたよ」
男性が首を傾げる。
「肩車。似合ってました」
男性は小さく笑った。
「迷子だったんで」
朝陽は美空を見る。
「知り合い?」
美空は少し迷って首を振る。
「ううん」
それから男性を見る。
「迷子の子を助けてくれてたの」
朝陽は軽く頷く。
「朝陽です」
男性も軽く会釈する。
「飯島颯太です」
美空も続ける。
「私は、美空です」
三人の間に、穏やかな空気が流れる。
朝陽は時計を見る。
「そろそろ行くわ」
それから美空に軽く手を振る。
「またな」
そう言って歩き去っていった。
美空と颯太は、自然に並んで歩き出す。
空港の通路は、人の流れがゆっくり動いていた。
「あっ……」
美空が小さく足を止めた。
颯太が首を傾げる。
「どうしました?」
美空は振り返る。
「スーツケース……」
さっき立ち止まっていた場所に、ぽつんと置いたままだった。
話しているうちに、そのまま歩いてきてしまったらしい。
「あ……すみません」
美空は少し早足で取りに戻る。
その瞬間だった。
「あっ……」
足がもつれそうになる。
腕を掴まれる。
ぐっと体が引き寄せられた。
「危ない」
低い声だった。
颯太の大きな腕に支えられて、美空はようやく体勢を戻す。
「す、すみません……!」
顔が一気に熱くなる。
颯太は少しだけ笑った。
「大丈夫ですか?」
美空は小さく頷く。
「はい……」
颯太はやわらかく言った。
「転ばなくてよかった」
その横顔を見た瞬間だった。
美空の記憶が、ふっと繋がる。
夕焼けの機内。
窓際の席。
一粒の涙。
思わず声が出た。
「あの……」
颯太が振り向く。
美空は少し戸惑いながら言う。
「失礼ですが……」
一瞬迷う。
でも、続けた。
「六年前、ロサンゼルス行きの便にご搭乗されていましたか?」
颯太の表情が少し変わる。
「……なぜそれを?」
美空は少し照れたように笑う。
「なんとなく、覚えていて」
少し沈黙が流れる。
それから美空が聞いた。
「お仕事でロサンゼルスへ?」
颯太は頷く。
「ええ。ロス赴任になって」
少し笑う。
「それから日本支社に転勤になって、今日戻ってきたんです」
美空はやわらかく笑った。
「そうなんですね」
そして言う。
「おかえりなさい」
颯太は少し照れたように笑った。
「……ただいま」
その時だった。
窓の向こうで、一機の飛行機が滑走路を走り出す。
やがて、ふわりと浮き上がった。
青い空へ向かって、まっすぐに飛んでいく。

