零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――

俺は一発目を撃った。

狙ったのは、人じゃない。

搬入路の上に吊られた、小さな真鍮の警告ベルだった。

かつん。

ベルが鳴った。

ちりん、と乾いた音が、十時の鐘の最初の音に半歩重なる。

その瞬間、火村の仕掛けた折りたたみ幕が北側通路にばさっと落ちた。

『準備中』

でかでかと書かれた布が、男の逃げ道を一本ふさいだ。

「うわっ」

男が振り向く。

真砂先輩の目が、そこで初めて鋭くなった。

「零班か」

「正解!」

どこからともなく白鷺の声が飛ぶ。

男はすぐ川側へ走った。

大河内が台車を押しだす。だけど搬入口の鉄門はまだ半開きだった。逃げようと思えば抜けられる。

門の横、透明な鍵箱。

二発目。

留め金を撃った。

ぱちん、と蓋がはじけて、銀の鍵束が落ちる。

大河内の手がそれを空中で受けた。

「……取った」

「すごっ」

火村が言うのと同時に、大河内が鉄門を引いた。重たい門が動いて、鍵が回る。がしゃん、という音で川側の抜け道が消えた。

男は舌打ちして引き返した。

真砂先輩は迷わなかった。今度は時計台の裏階段へ切り返す。

さすがに速い。

でも九条の声のほうが早かった。

「有馬!」

裏階段の上には、『祝 さくら祭り』の大きな幕が張られていた。火村がこっそり片側だけ細工したやつだ。

三発目。

ロープを打つ。

ぴん、と細い音がして、片側が外れた。幕が一気に落ちて、階段の前にばさりとかぶさる。

真砂先輩の足が止まった。

「やった!」

真砂先輩は一瞬で状況を見たらしかった。

北は幕。
川は門。
上は落ちた祝幕。
その向こうには、大河内。

残ったのは、人波の細いすき間だけだった。

だから真砂先輩は、そこで最後の手を打った。

黒い封筒を、白手袋の男へ投げた。

「有馬!」

火村が叫んだ。

時計台脇の提灯柱、その上。小さな木の円盤が一枚、紐で吊られていた。火村の最後の仕掛けだ。

四発目。

円盤を撃つ。

次の瞬間、柱の上の飾り玉がぱかっと割れて、色紙と細い紙テープが一気に降った。

派手だった。めちゃくちゃ祭りっぽかった。

白手袋の男の顔に紙テープがかかる。
視界が塞がる。
伸ばした手が半拍遅れる。

黒い封筒が、その手の先をすり抜けた。

そこへ飛びこんだのが、白鷺だった。

さっきまでの町役場の疲れた兄ちゃんじゃない。動きだけ白鷺千景だった。

「いただき!」

空中で黒い封筒を抱えこむみたいにして、そのまま地面を一回転する。紙テープまみれで起き上がった顔は、変装の眼鏡がずれてたのに、なんかちょっとだけ格好よかった。

「白鷺!」

「見た!?今の俺、だいぶ主人公じゃない!?」

「今それ言うのかよ!」

白手袋の男が、封筒を失ったまま人波へ逃げこもうとした。

でも、その前に進路へぬっと影が落ちた。

秋月先輩だった。

祭り用の腕章をつけたまま、いつもの面倒見のいい笑顔で立っているのに、道は一歩も空いていなかった。

「そっちはだめですよ」

やわらかい声なのに、全然やわらかくない。

白手袋の男の足が止まる。

その間に、俺は射的台を飛び出していた。

「親父さん、すみません!」

「兄ちゃん、うちの店番!」

「あとで謝ります!」

「雑!」

背中で聞こえたけど、とにかく走った。

時計台裏へ回りこんだときには、真砂先輩はもう動いていなかった。

前に大河内。
横に白鷺。
少し引いたところに九条。
火村は紙テープを頭にかぶったまま胸を張っている。
その真ん中に、黒い封筒を失った真砂先輩が立っていた。

「終わりです、真砂先輩」