零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――

さくら祭りの朝、鷹ノ宮学園はやたら上品な顔をしていた。

正門前には白い看板が立ち、『鷹ノ宮学園 地域交流会場』と金文字で書かれている。並木道には薄桃色の提灯、講堂前では吹奏楽部が本番前の音合わせ、校舎の窓には来客向けらしい花まで飾られていた。

表だけ見れば、礼儀正しくて育ちのいい名門男子校だった。

地下通路も、隠し金庫も、黒い封筒も、消えた先輩の話も、どこにも見えなかった。

その裏で、南離れの教室だけは、朝から完全に作戦本部だった。

「確認する」

九条が黒板の前に立って、白チョークで祭り会場の地図を描いた。川、時計台、屋台の並び、北側の橋、裏階段、搬入口。字までむかつくくらい綺麗だった。

「目的は二つ。黒い封筒の回収。外部への流出阻止。以上」

白鷺が手を挙げた。

「議長、質問です」

「僕は議長じゃない」

「じゃあ何」

「仕切っている人間だ」

「言い方の圧が強いなあ」

俺は黒板を見ながら言った。

「で、受け渡しはほんとに十時、時計台裏なのか」

「そこは間違いない」

九条は打電紙の写しを机に置いた。昨夜、地下の通信室から持ち帰ったメモを、火村が丁寧に写したやつだ。丁寧さだけは意外とある。

「ただし、問題は“十時”の解釈だ。本校の時計は標準時より二分早い。学園内で生きていると、その二分が癖になる」

白鷺がうなずいた。

「わかる。朝とか超むかつく」

「感想はいらない。真砂先輩が相手に合わせるなら、使うのは外の時間だ。つまり標準時十時。学園時間で動けば、こっちが二分早く位置を晒す」

九条は地図の上に、五つの丸を置いた。

「役割を決める。ここからは班で動く」

その言い方が、ちょっとだけ重かった。

でも嫌じゃなかった。昨日までの零班なら、ここで全員が勝手なことを言い出していた気がする。

今は、ちゃんと九条の声を聞いていた。

「白鷺」

「はいはーい」

「変装して時計台裏に張れ。人波の中に溶けこめ。合図役もお前だ」

白鷺がにやっとした。

「ようやく俺の出番だねえ。祭り実行委員、観光協会の手伝い、迷子係、どれで行く?」

九条は無視した。

「火村」

「おう」

「小道具と仕掛け。見張り用の鏡、北側通路の目隠し、裏階段の妨害、補助装置。爆ぜるものは使うな」

火村がすぐ抗議した。

「だから爆ぜないって!」

「お前は毎回そう言う」

「今日のは本当に平和だよ。こっちは落ちるだけの幕、こっちは鳴るだけのベル、こっちは開くだけの鍵箱、こっちは弾けるだけの紙吹雪」

九条は続けた。

「大河内」

大河内が顔を上げた。

「……ん」

「封鎖だ。北側の橋と川沿いの搬入口、あと状況次第で裏階段」

大河内は少しだけ考えてからうなずいた。

九条は最後にチョークの先をこっちへ向けた。

「有馬」

「嫌な予感しかしない」

「最終射撃担当だ」

「言い方が物騒なんだよ!」

「実際そうだろう。鐘、鍵、ロープ、火村の仕掛け。人には向けるな。物だけを落とせ」

火村が机の下から布包みを出した。

中には、祭りの射的で使うような木製のコルク銃が入っていた。見た目は安っぽいのに、持った瞬間わかった。中身が普通じゃない。ばねの返りが妙に素直で、照準の溝まで削ってある。

「縁日仕様の改造型だよ」

「お前は時計台向かいの射的屋台だ」

九条が言った。

「そこからなら、時計台裏と搬入口、どちらも見える。白鷺の合図も拾える」

「お前は?」

「全体確認」

白鷺が感心したみたいに口笛を吹きかけて、九条に睨まれてやめた。

「うわ、なんかちゃんと班っぽい」

「初めて本格的に分担したな」

俺が言うと、火村がぱちんと指を鳴らした。

「零班、初の外任務!」

「呼び方が急にそれっぽい!」

「事実だろ」

九条が言った。

「外で、五人で、黒い封筒を回収する。十分任務だ」