零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――

結局、俺たちは南離れの教室に戻った。

扉が閉まるなり、白鷺が教壇に飛び乗った。

「はい、赤い封筒奪取会議を始めまーす」

九条が即座に言った。

「降りろ。うるさい」

「議長に向かって冷たいなあ」

火村はその横で鞄を机にひっくり返した。鏡、糸、洗濯ばさみ、輪ゴム、定規、なんかよくわからないばね付きの棒まで出てきた。

「まず装備確認!」

「待て待て待て」

俺は思わず机を押さえた。

「なんでそんなもん持ってるんだよ」

「落ち着くから」

「落ち着きの種類が変だよ!」

白鷺が目を輝かせた。

「いいねえ。火村、好き」

「ありがとう!」

九条は腕を組んだまま、机の上のがらくたを見下ろした。

「議論の前に結論を言う。正面からの変装突破は無理だ」

「えー、なんで」

白鷺がすぐ噛みついた。

「そこ、俺の担当でしょ」

「初日だぞ。上級生の顔も役職も把握していない。雑な変装は逆に目立つ」

「声と姿勢で押し切れる場合もある」

「校長室の前で“場合もある”に賭けるのか。愚かだな」

「うわ、感じ悪」

「事実だ」

火村がばね棒を持ち上げた。

「じゃあ遠隔回収は?これに糸つけて、窓の隙間からこう――」

「景品じゃないんだよ!」

俺がつっこんだ。

大河内がしばらく黙ってから言った。

「……俺がおとり」

「大河内、急に自己犠牲が重い」

白鷺が言った。

「でも絵面は強いね。見張り全員そっち見るよ」

「見るだろうな」

九条がうなずいた。

「たぶん校長まで出てくる」

俺は頭を抱えた。

「もう少しこう、普通の作戦はないのか」

四人がいっせいに俺を見た。

「ここで普通を探すの?」

白鷺が真顔で聞いた。

「探したくもなるだろ!」

火村がさらに何か組み立て始めた。輪ゴムを定規に引っかけ、鏡を挟み、ばね棒を固定する。

「見て。有馬の狙う力と俺の機械力を合わせた、超小型封筒引っかけ機――」

ばちん、と音がして、チョークが黒板にぶつかった。

「うわっ!」

「危なっ!」

白鷺が身をすくめ、俺は思わず机に伏せた。大河内は片手で火村の装置をつかんで止めた。

「……飛ぶ」

「見ればわかる!」

扉ががらりと開いた。

篠宮教官だった。

教室の空気が一瞬で凍った。

床に散らばった部品、黒板に刺さったチョーク、教壇の上の白鷺、火村の手元の未完成兵器。全部を見て、篠宮教官は静かに言った。

「校長室へ行く前に、自分たちの居場所を全校へ通知する作戦か」

「ちがいます」

俺が反射で答えた。

「ただの内輪もめです」

「なお悪い」

その一言が妙に刺さった。

篠宮教官は火村の装置をひょいと取り上げた。

「爆ぜるものは没収だ」

「まだ爆ぜてません!」

「“まだ”で話すな」

火村はしょんぼりした。

篠宮教官は扉のところで一度だけ振り返った。

「計画は机の上だけで立てるな。現場を見ろ。初歩だ」

今度こそ出ていった。

教室に沈黙が落ちた。

白鷺が先に口を開いた。

「……有馬」

「なに」

「今の“ただの内輪もめです”はちょっと面白かった」

「褒めなくていい」

九条が短く言った。

「偵察に行くぞ」

白鷺が教壇から降りた。

「よし。じゃあ実地見学だ」

火村が鞄を抱え直した。

「爆ぜないやつだけ持ってく」

「その言い方がもう不安だよ」

大河内が静かに立ち上がった。

「……行く」

さっきまで五方向に散っていた話が、ようやく一本だけ同じ方向を向いた気がした。