今日は放課後、カフェで西野に勉強を教えてもらっている。
目の前でノートにペンを走らせる横顔を、ぼんやりと眺めた。
絵も上手くて、勉強もできて、顔も整っている。
本当に、欠点なんてなさそうだ。
「聖、ここ違う」
ふいに指摘されて、はっとする。
名前で呼ばれるのも、もうすっかり当たり前になっていた。
まるで本当のカップルみたいに。
――仮なのに。
そう思いながら、西野の顔を見る。
今日は珍しくコンタクトじゃなくて眼鏡をかけていた。
少し知的な雰囲気が増して、いつもより大人っぽく見える。
「聖、聞いてる?」
顔を覗き込まれて、視線がぶつかる。
「もしかして、俺に見惚れてる?」
いつもの調子で、からかうように笑う。
私は少しだけ間を置いてから答えた。
「そうだけど?」
一瞬、空気が止まる。
西野の表情が固まって、みるみるうちに頬が赤くなっていく。
「……は?」
「なにその反応」
「いや、普通に言うと思わなくて」
視線を逸らしながら、落ち着かない様子で言う。
さっきまでの余裕はどこかに消えていた。
私は小さく笑う。
からかってくるくせに、こういうのには弱い。
「西野こそ、慣れてるんじゃないの?」
そう言うと、西野は一瞬だけこっちを見て――
「聖に言われるのは別」
小さくそう呟いた。
思ってもいなかった返しに、今度は私の方が言葉を失う。
胸が、少しだけ騒がしくなる。
「……ほら、続きやるよ」
西野はごまかすようにノートを指で叩いた。
「ここ、ちゃんと理解しないと次解けないから」
さっきより少しだけ早口になっている。
私は頷いて、ノートに視線を落とす。
けど、全然頭に入ってこない。
さっきの一言が、ずっと残っていた。
――聖に言われるのは別。
ペンを持つ手が、少しだけ止まる。
なんでだろう。
仮の彼氏なはずなのに。
少しだけ、意識してしまった。
でも――
私が好きなのは、羽村湊だ。
西野になんか、惚れるはずない。
そう自分に言い聞かせる。
ふと、頭に浮かぶ。
あのとき羽村が言いかけた言葉。
――「実は俺、佐藤が――」
あの続き。
結局、聞けていないままだ。
「ねぇ聖、集中して」
西野の声で現実に引き戻される。
「はいはい」
適当に返事をして、ノートに目を落とす。
「湊のこと考えてた?」
「えっ」
思わず顔を上げる。
「冗談で言ったつもりだけど」
西野は小さく笑った。
「当てちゃったか」
その表情は、ほんの少しだけ暗い。
胸がチクリと痛む。
「……別に」
目を逸らして答える。
「考えてないし」
「嘘」
間髪入れずに返される。
「分かりやすすぎ」
さっきと同じ言葉。
でも今は、少しだけ重く聞こえた。
西野はペンをくるりと回して、机に置く。
「まあいいけど」
そう言いながらも、視線は私から外さない。
「聖が誰のこと考えてても」
一瞬、言葉を区切る。
「関係ないし」
強がりみたいな言い方だった。
私は何も言えなくなる。
沈黙が落ちる。
カフェのざわめきだけが、やけに大きく聞こえた。
「……続きやるよ」
西野は何事もなかったみたいにノートを指さす。
「ここ、さっき説明したとこ」
「うん」
小さく頷く。
「ねぇ」
「何?」
「やっぱり、聖が俺以外の男のこと考えてるの嫌だ」
その言葉は、思っていたよりずっとまっすぐだった。
軽く言ったように聞こえるのに、どこか逃げ場がない。
私はペンを持つ手を止めたまま、西野を見る。
「……湊じゃないとダメなの?」
その問いに、一瞬だけ言葉が詰まる。
「……」
うまく答えられないまま視線を逸らすと、西野は小さく笑った。
「俺のほうが、あいつよりかっこいいよ」
軽く言っているはずなのに、その奥にある本気が透けて見える。
思わず、ため息がこぼれた。
「そういう問題じゃないでしょ」
「じゃあどういう問題?」
すぐに返される。
私は言葉に詰まり、
西野はじっと私を見ていた。
「顔じゃないならさ」
少しだけ声を落とす。
「なんであいつなの」
逃げ場のない問い。
私は視線を落とした。
「……分かんない」
正直に答える。
「気づいたら好きだっただけ」
西野は何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「一緒にいると楽しくて」
「気づいたら目で追ってて」
「他の子と話してると、ちょっと嫌で」
言葉にするたびに、はっきりしていく。
「ああ、好きなんだなって」
小さく息を吐く。
しばらく沈黙が続いた。
「……そっか」
西野はそれだけ言った。
その声は、いつもよりずっと弱々しかった。
「今日はもう帰ろう。俺も集中できなさそう」
「うん」
それ以上、何も言えなかった。
店を出ると、外の空気が少しだけ冷たくて、頭が冷える。
さっきまでの空気が、嘘みたいに静かだった。
西野は何も話さないまま歩き出す。
私も、その隣を黙ってついていく。
いつもなら、からかってきたり、どうでもいいことを話したりするのに。
今日は違う。
ただ、足音だけが並んでいた。
「……じゃあ」
分かれ道で、西野が立ち止まる。
「ここで」
それだけ言って、私を見る。
いつもの軽い笑顔はない。
少しだけ困ったような、無理に作ったみたいな表情。
私に背を向けて歩き出す姿をただ見つめることしかできなかった。
目の前でノートにペンを走らせる横顔を、ぼんやりと眺めた。
絵も上手くて、勉強もできて、顔も整っている。
本当に、欠点なんてなさそうだ。
「聖、ここ違う」
ふいに指摘されて、はっとする。
名前で呼ばれるのも、もうすっかり当たり前になっていた。
まるで本当のカップルみたいに。
――仮なのに。
そう思いながら、西野の顔を見る。
今日は珍しくコンタクトじゃなくて眼鏡をかけていた。
少し知的な雰囲気が増して、いつもより大人っぽく見える。
「聖、聞いてる?」
顔を覗き込まれて、視線がぶつかる。
「もしかして、俺に見惚れてる?」
いつもの調子で、からかうように笑う。
私は少しだけ間を置いてから答えた。
「そうだけど?」
一瞬、空気が止まる。
西野の表情が固まって、みるみるうちに頬が赤くなっていく。
「……は?」
「なにその反応」
「いや、普通に言うと思わなくて」
視線を逸らしながら、落ち着かない様子で言う。
さっきまでの余裕はどこかに消えていた。
私は小さく笑う。
からかってくるくせに、こういうのには弱い。
「西野こそ、慣れてるんじゃないの?」
そう言うと、西野は一瞬だけこっちを見て――
「聖に言われるのは別」
小さくそう呟いた。
思ってもいなかった返しに、今度は私の方が言葉を失う。
胸が、少しだけ騒がしくなる。
「……ほら、続きやるよ」
西野はごまかすようにノートを指で叩いた。
「ここ、ちゃんと理解しないと次解けないから」
さっきより少しだけ早口になっている。
私は頷いて、ノートに視線を落とす。
けど、全然頭に入ってこない。
さっきの一言が、ずっと残っていた。
――聖に言われるのは別。
ペンを持つ手が、少しだけ止まる。
なんでだろう。
仮の彼氏なはずなのに。
少しだけ、意識してしまった。
でも――
私が好きなのは、羽村湊だ。
西野になんか、惚れるはずない。
そう自分に言い聞かせる。
ふと、頭に浮かぶ。
あのとき羽村が言いかけた言葉。
――「実は俺、佐藤が――」
あの続き。
結局、聞けていないままだ。
「ねぇ聖、集中して」
西野の声で現実に引き戻される。
「はいはい」
適当に返事をして、ノートに目を落とす。
「湊のこと考えてた?」
「えっ」
思わず顔を上げる。
「冗談で言ったつもりだけど」
西野は小さく笑った。
「当てちゃったか」
その表情は、ほんの少しだけ暗い。
胸がチクリと痛む。
「……別に」
目を逸らして答える。
「考えてないし」
「嘘」
間髪入れずに返される。
「分かりやすすぎ」
さっきと同じ言葉。
でも今は、少しだけ重く聞こえた。
西野はペンをくるりと回して、机に置く。
「まあいいけど」
そう言いながらも、視線は私から外さない。
「聖が誰のこと考えてても」
一瞬、言葉を区切る。
「関係ないし」
強がりみたいな言い方だった。
私は何も言えなくなる。
沈黙が落ちる。
カフェのざわめきだけが、やけに大きく聞こえた。
「……続きやるよ」
西野は何事もなかったみたいにノートを指さす。
「ここ、さっき説明したとこ」
「うん」
小さく頷く。
「ねぇ」
「何?」
「やっぱり、聖が俺以外の男のこと考えてるの嫌だ」
その言葉は、思っていたよりずっとまっすぐだった。
軽く言ったように聞こえるのに、どこか逃げ場がない。
私はペンを持つ手を止めたまま、西野を見る。
「……湊じゃないとダメなの?」
その問いに、一瞬だけ言葉が詰まる。
「……」
うまく答えられないまま視線を逸らすと、西野は小さく笑った。
「俺のほうが、あいつよりかっこいいよ」
軽く言っているはずなのに、その奥にある本気が透けて見える。
思わず、ため息がこぼれた。
「そういう問題じゃないでしょ」
「じゃあどういう問題?」
すぐに返される。
私は言葉に詰まり、
西野はじっと私を見ていた。
「顔じゃないならさ」
少しだけ声を落とす。
「なんであいつなの」
逃げ場のない問い。
私は視線を落とした。
「……分かんない」
正直に答える。
「気づいたら好きだっただけ」
西野は何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「一緒にいると楽しくて」
「気づいたら目で追ってて」
「他の子と話してると、ちょっと嫌で」
言葉にするたびに、はっきりしていく。
「ああ、好きなんだなって」
小さく息を吐く。
しばらく沈黙が続いた。
「……そっか」
西野はそれだけ言った。
その声は、いつもよりずっと弱々しかった。
「今日はもう帰ろう。俺も集中できなさそう」
「うん」
それ以上、何も言えなかった。
店を出ると、外の空気が少しだけ冷たくて、頭が冷える。
さっきまでの空気が、嘘みたいに静かだった。
西野は何も話さないまま歩き出す。
私も、その隣を黙ってついていく。
いつもなら、からかってきたり、どうでもいいことを話したりするのに。
今日は違う。
ただ、足音だけが並んでいた。
「……じゃあ」
分かれ道で、西野が立ち止まる。
「ここで」
それだけ言って、私を見る。
いつもの軽い笑顔はない。
少しだけ困ったような、無理に作ったみたいな表情。
私に背を向けて歩き出す姿をただ見つめることしかできなかった。

