君の描き方

今日はなぜか眠れなくて、いつもよりずっと早く家を出た。
そのせいで、教室にもかなり早く着いてしまった。

まだ誰もいない。

静まり返った教室に、朝の光が窓から差し込んでいる。
椅子を引く音さえやけに大きく響いた。

鞄を机に置いて、ぼんやりと窓の外を眺める。

昨日のことが、頭の中で何度もぐるぐるしていた。

――一ヶ月。

お試し彼女。

思い出すだけで、変に落ち着かない。

そのとき、教室のドアが開いた。

「おっ、佐藤じゃん。おはよう」

入ってきたのは羽村だった。

「おはよう」

「今日早いね」

羽村は驚いたように言いながら、自分の席に鞄を置く。

「なんか眠れなくてさー」

すると、後ろから羽村じゃない別の声が割り込んできた。

「それって俺のせい?」

振り向くと、いつの間に来たのか西野が立っていた。

机に軽く寄りかかりながら、こっちを見ている。

「なんで碧希なの」

「だってさ」

西野は少し笑う。

「俺ら付き合っちゃったから」

その一言で、羽村の目がぱっと大きくなり、

教室の空気が一瞬で止まった。

「はあ!?」

「湊、うるさい」

西野がさらっと言う。

「いやだって、どういうこと?」

羽村は私と西野を交互に見ながら、完全に混乱していた。

「そのまま」

西野は平然と答える。

「聖は俺の彼女」

ちゃっかり西野は、私を下の名前で呼んでいる。

「佐藤って西野のこと好きだったの?」

羽村が恐る恐る聞いてくる。

「好きじゃないよ」

私が即答すると、羽村は目を丸くした。

「えっ」

ますます混乱した顔になる。

「無理やり付き合わされてるだけ」

そう言うと、横からすぐ声が飛んできた。

「聖、俺のこと好きって言ったじゃん」

「冗談だって言ったでしょ」

私が睨むと、西野は少しだけ肩をすくめた。

「でも言ったのは事実」

「だから冗談!」

「でも今は彼女」

「仮だから!」

私が強調すると、西野はにやっと笑う。

「一ヶ月だけね」

その言葉に、羽村がぴたりと止まった。

「……は?」

「お試し」

西野が軽く言う。

「一ヶ月で聖が俺のこと好きになるかどうか」

「ならない」

私はすぐに言い返そうとした。

けれど、その前に羽村が口を開く。

「とりあえずさ」

少しだけ笑いながら言った。

「佐藤と碧希って、付き合ったの?」

その質問に、教室の空気が一瞬止まる。

西野は迷いもなく答えた。

「うん」

あまりにもあっさりした声だった。

私は思わず西野を見る。

否定したい。

でも、“仮”とはいえ一応付き合っている。
そう決めたのは私だ。

結局、何も言えなかった。

「そっか」

羽村は小さく頷いた。

その声はさっきより少しだけ暗くて、
表情もどこか寂しそうだった。

「じゃあ俺、邪魔者だな」

そのまま教室を出ようとする。

「ちょっと待って」

私は思わず声をかけた。

けれど、腕を掴まれる。

「聖」

西野だった。

振り返ると、西野は私の手首を軽く掴んでいる。

「行かなくていい」

「でも——」

「いいから」

西野の声は、いつもより少し低かった。

ドアが閉まる音がして、教室がまた静かになる。

私は西野を見る。

「なんで止めるの」

西野は少しだけ黙った。

それから、まっすぐ私を見る。

「羽村のこと好きなの?」

その質問に、胸が一瞬ぎゅっとなる。

すぐに答えようとしたのに、
うまく言葉が出てこなかった。

西野はその沈黙を見逃さなかった。

「……やっぱり?」

小さく呟く。

「違う」

私は慌てて言った。

「じゃあなんで追いかけようとしたの」

「それは……」

言葉に詰まる。

西野は少しだけ視線を落とした。

「でもさ」

西野はもう一度私を見る。

「今は俺の彼女でしょ」

その言葉に、胸がまたざわつく。

「……仮」

私は小さく言う。

西野は頷いた。

「うん、仮」

でも次の瞬間、少しだけ近づいてくる。

「でも一ヶ月は俺の彼女」

真っ直ぐな視線だった。

「だからさ」

西野は静かに言う。

「他の男のこと、そんな顔で追いかけないで」

心臓が、どくんと鳴った。