君の描き方

私は美術が苦手だ。

絵を描くこと自体は嫌いじゃない。けれど、どうしても上手くいかない。
線は思ったところに引けないし、形もどこか歪んでしまう。

なのに、今日の美術の授業は最悪だった。

「隣の席の人の似顔絵を描きましょう」

黒板に書かれたその指示を見た瞬間、思わずため息がこぼれる。
どうしてそんなことを授業でやるんだろう。よりによって似顔絵なんて。

私はちらりと隣を見る。

そこに座っているのは、羽村湊。
クラスでも目立つ、よく笑う男子だ。

そんな人の顔を、私なんかがちゃんと描けるわけがない。

それでも課題だから仕方なく、私は鉛筆を動かした。
目を描いて、鼻を描いて、口を描いて――。

……うん。

やっぱり全然似ていない。

むしろ、人ですらない気がする。

私がひそかに落ち込んでいると、不意に上から声が降ってきた。

「佐藤、みせて」

顔を上げると、羽村が私のスケッチブックをのぞき込んでいる。

そして次の瞬間。

「ぶっ……!」

羽村は盛大に吹き出した。

「ちょ、待って、何これ」

肩を震わせながら笑っている。

私は少しむっとして答えた。

「羽村だけど」

その瞬間、彼はぴたりと笑いを止めた。
そしてもう一度、絵を見て。

「……えっ」

数秒の沈黙。

「これ絶対俺じゃない」

そう言った直後、今度はさっきよりも大きな声で笑い出した。

教室のあちこちから視線が集まる。

私は恥ずかしくなって、思わずスケッチブックを閉じた。

「そんな笑わなくてもいいじゃん……」

小さくつぶやくと、羽村はまだ笑いながら言った。

「だってさ、俺こんな顔してないって」

机に突っ伏して笑う羽村を見ながら、私は思う。

……やっぱり似顔絵なんて、やるもんじゃない。

「あっそうだ。碧希に絵の描き方教えてもらえば?」

突然思いついたように、羽村が言った。

「碧希?」

聞き返すと、彼は当たり前みたいな顔で答える。

「西野碧希。美術部の」

ああ、と私は心の中でうなずいた。
西野碧希。絵が上手いことで有名な子だ。美術の作品がよく廊下に飾られているのを見たことがある。

だけど――

同じクラスなのに、話したことは一度もない。

「いや、話したことないし」

正直にそう言うと、羽村は軽く肩をすくめた。

「大丈夫、俺がいる。それに」

「うん?」

首をかしげる私を見て、羽村はにやっと笑った。

「せっかく俺のこと描けるのに、かっこよく描かないなんてもったいない」

自信満々な言い方に、思わず私は目を瞬かせる。

「……自分で言う?」

「言う言う。だって事実だし」

そう言って彼は満面の笑みを浮かべる。

「よっし。じゃあ碧希呼びますか」

「えっ、ちょっと待って・・・」

「あおきー」

私の静止を聞かず大声で西野の名前を呼ぶ。
クラス中の視線が一斉に集まった。

本当に何してるんだか。

「うるさい。何?」

ムスッとした顔で、西野は羽村のもとへ歩いてくる。
長い前髪の奥から、少しだけ鋭い目がこちらを見た。

「佐藤に絵の描き方教えてやってくださいよ」

「佐藤?」

西野は小さく首をかしげ、私の方に視線を向ける。

その目が合った瞬間、なぜか胸が少しだけどきっとした。

「……あ、佐藤です」

ぎこちなくそう言うと、羽村が横から私のスケッチブックをひょいと持ち上げた。

「ほらこれ。俺の似顔絵」

「ちょっと羽村!」

慌てて止めようとするけれど、もう遅い。

西野は差し出されたスケッチブックを受け取り、ぱらりとページをめくった。
そして問題のページで手を止める。

教室のざわめきが、やけに遠くに聞こえた。

西野は何も言わず、じっとその絵を見ている。

「これが、湊?」

ゆっくりと頷く。

「まぁいいじゃん」

「碧希、まじで言ってる?」

「湊にそっくりすぎじゃん。怪物みたいで。」

「おい、俺を怪物呼ばわりすんな」

いいじゃんと言われたから期待したものの、やっぱりみんな人には見えないんだ。

私は小さくため息をついて、スケッチブックを閉じる。
西野も自分の席に戻ろうとしていた。

「あっ」

何かを思い出したように足を止める。
そして、ゆっくりと振り返った。

「佐藤、放課後教室残ってて」

短くそれだけ言うと、西野は今度こそ自分の席へ戻っていった。

多分、絵の描き方を教わるんだろう。

……なんだそれ。

さっきみたいに、また絵を見て笑われるに決まっている。

ただでさえ嫌な時間だったのに、その続きが放課後にもあるなんて。

考えただけで、ため息がこぼれた。

放課後まで地獄なんて、最悪だ。