「いいえ。やはり、どう考えても最悪なアイデアですね」
再びアレクシスが一刀両断する。エルナ様が「どうして?!」と叫んだ。近いところで叫ばれたのがよほど疎ましかったのか、アレクシスの眉間には深い皺が刻まれている。彼はいきなり立ち上がると、私の隣に座った。
(……距離が近すぎないかしら)
とは思ったが、それを今口にするのは違う気がして黙って受け入れた。
「評価していただけるのは光栄ですが、あいにく私の知識には偏りがあります。ヴァレンティヌ伯爵家の当主になるための知識はあっても、辺境伯をまとめる知識はありません」
「そんなもの今から勉強すればっ!」
「ええ、まあそうですね。知識面ではそうです。けれど、他はからっきしですよ。隣国との関係を円滑に築くための外交スキルもなければ、愛想もない。そういうのはどちらかというと弟のカイン向きです」
「俺?!」とぎょっと目を丸くするカイン。
「それに……」とアレクシスはエルナ様を見やった。
「私はあなたと良好な夫婦関係を築ける気が一つもしません」
「……は?」
「夫婦は支えあうもの、あなたはそう言っていましたが、私はあなたを支えたいとは思えないし、支えてほしいとも思わない」
「ど、どうして」
「どうして……ですか」
気まずそうに視線を逸らすアレクシス。
「い、言って! ダメなところがあるなら直すから。正直に言って!」
エルナ様の必死な言葉にアレクシスは溜息をついた。
「そこまでおっしゃるなら……。エルナ嬢……自分の容姿の良さに自信を持つのは構いませんが、過信しすぎるのは控えた方がいいかと。誰にでも通じるわけではありませんからね。私からしてみれば、計算されつくした愛嬌などむしろ興ざめです。後、頭が悪いのを自覚しているのはいいことですが、だからといって努力を怠っていい理由にはなりません。私、怠惰な馬鹿は嫌いなんです」
ストレートな物言いはなかなか強烈だったようで、エルナ様は愕然としている。けれど、エルナ様もなかなかの強者のようで、すぐに復活してきた。
「じゃ、じゃあ今言ったところ全部直したら私のお婿さんになってくれる?!」
「嫌です」
「なんで?!」
「私の妻になるのはセレスティーヌ嬢しかいないからです」
「つ、妻ってセレスティーヌ様と会ったのは実質今日が初めてでしょう?!」
「ええ、まあ。記憶を失ってからはそうですね」
「なのに、なんでっ」
「そうですね……結局、記憶を失っていても私は私ということでしょうか」
「ど、どういう意味?」
「私は何度だってセレスティーヌ嬢に恋をする――ということですよ」
「なっ。こ、恋って二人は政略的な関係……」
「父上」
「な、なんだ?」
「セレスティーヌ嬢との婚約は政略的なものですか?」
「あ、ああ。そうだが……」
「その婚約を提案したのは?」
「……おまえだ。おまえのプレゼンを聞いて私は確かに彼女との婚姻は我が家の利になると了承したんだ」
(伯爵家からの申し出なのは知っていたけれど……それは初耳だわ)
彼と出会ったのは両家の顔合わせの日が初めてだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
私が思案している間に、話は進む。
「つまり、おまえは最初からセレスティーヌ嬢に好意を抱いていたということか」
「でしょう。でなければ、私が直接動くはずがない。なにより、私が彼女を知って動かないはずがありませんから」
「どうしてそこまで……」
思わず心の声が漏れた。
アレクシスの視線が私に向けられる。エルナたちに向けられた無機質なものではなく、とろりとした瞳。動揺して視線を泳がせてしまう。
「ああ、今この場に誰もいなければ抱きしめてしまいたい」
「え?」
「いえ。こちらの話です。そうですね……私があなたを好ましく思う理由についてですがいくつかあります。まず、見た目が私の好みです」
「見た目」
「はい。ああ、とは言ってもただの容姿の話ではありませんよ。もちろん、あなたのその艶めくプラチナブロンドの髪も、澄んだ湖を彷彿とさせるサファイアブルーの瞳も魅力的ですが、それだけではなく立ち振る舞いや表情を含めてのことです。セレスティーヌ嬢は文官として優秀という話ですが、ご実家でも普段から執務の手伝いなどをされていたのでしょう?」
「え、ええ。……なぜそれを?」
「指先にインクが」
「あ」
恥ずかしくなって隠そうとすると、手を取られ握られた。
「恥じることはありません。働き者の手です。それに、セレスティーヌ嬢は責任感も強く、懐も広い。まさに次期当主の妻にふさわしい気質。そして、私個人としても理想の女性です」
「……なぜ」
そんなことがわかるのだろうかと驚く。
(記憶はないはずよね?)
訝しんでいる私の視線に気づき、アレクシスは苦笑する。
「あなたが私を出迎えてくれた時の様子からわかりました。私は記憶をなくし、他の女性を連れ帰ってきた婚約者ですよ? それなのに、セレスティーヌ嬢は私を見て、最初に安堵の表情を浮かべていました。その後は冷静に状況把握することに努めていましたね。そこに、余計な嫉妬心や疑念のようなものは混ざっていなかった。……嫉妬していただけなかったのは残念ですが、私はあなたから信頼されているのだと理解しました。そのことが嬉しかったのです。いくら記憶をなくしたとしても私は私。だというのに、周りはまるで私がすぐに別の女性に惹かれるような男だという目で見てくる。そんな中、あなたは違った。記憶がなくとも私は私だと理解してくれていた。私の本質を見抜いていました」
心底嬉しそうにほほ笑む彼に、私は狼狽えた。なんだか、そう説明されると私がすごい人のようだがそんなことはない。ただ、私は彼が女性に夢中になっている姿が想像できなかっただけだ。
それに、残念ながら私は彼の本質を見抜いていたとは言えない。だって、今こうして私に熱い視線を向けている彼がいるのだから。こんな彼を私は知らない。
「と、いうことで私はセレスティーヌ嬢と結婚して、この家を継ぎますので」
再びアレクシスが一刀両断する。エルナ様が「どうして?!」と叫んだ。近いところで叫ばれたのがよほど疎ましかったのか、アレクシスの眉間には深い皺が刻まれている。彼はいきなり立ち上がると、私の隣に座った。
(……距離が近すぎないかしら)
とは思ったが、それを今口にするのは違う気がして黙って受け入れた。
「評価していただけるのは光栄ですが、あいにく私の知識には偏りがあります。ヴァレンティヌ伯爵家の当主になるための知識はあっても、辺境伯をまとめる知識はありません」
「そんなもの今から勉強すればっ!」
「ええ、まあそうですね。知識面ではそうです。けれど、他はからっきしですよ。隣国との関係を円滑に築くための外交スキルもなければ、愛想もない。そういうのはどちらかというと弟のカイン向きです」
「俺?!」とぎょっと目を丸くするカイン。
「それに……」とアレクシスはエルナ様を見やった。
「私はあなたと良好な夫婦関係を築ける気が一つもしません」
「……は?」
「夫婦は支えあうもの、あなたはそう言っていましたが、私はあなたを支えたいとは思えないし、支えてほしいとも思わない」
「ど、どうして」
「どうして……ですか」
気まずそうに視線を逸らすアレクシス。
「い、言って! ダメなところがあるなら直すから。正直に言って!」
エルナ様の必死な言葉にアレクシスは溜息をついた。
「そこまでおっしゃるなら……。エルナ嬢……自分の容姿の良さに自信を持つのは構いませんが、過信しすぎるのは控えた方がいいかと。誰にでも通じるわけではありませんからね。私からしてみれば、計算されつくした愛嬌などむしろ興ざめです。後、頭が悪いのを自覚しているのはいいことですが、だからといって努力を怠っていい理由にはなりません。私、怠惰な馬鹿は嫌いなんです」
ストレートな物言いはなかなか強烈だったようで、エルナ様は愕然としている。けれど、エルナ様もなかなかの強者のようで、すぐに復活してきた。
「じゃ、じゃあ今言ったところ全部直したら私のお婿さんになってくれる?!」
「嫌です」
「なんで?!」
「私の妻になるのはセレスティーヌ嬢しかいないからです」
「つ、妻ってセレスティーヌ様と会ったのは実質今日が初めてでしょう?!」
「ええ、まあ。記憶を失ってからはそうですね」
「なのに、なんでっ」
「そうですね……結局、記憶を失っていても私は私ということでしょうか」
「ど、どういう意味?」
「私は何度だってセレスティーヌ嬢に恋をする――ということですよ」
「なっ。こ、恋って二人は政略的な関係……」
「父上」
「な、なんだ?」
「セレスティーヌ嬢との婚約は政略的なものですか?」
「あ、ああ。そうだが……」
「その婚約を提案したのは?」
「……おまえだ。おまえのプレゼンを聞いて私は確かに彼女との婚姻は我が家の利になると了承したんだ」
(伯爵家からの申し出なのは知っていたけれど……それは初耳だわ)
彼と出会ったのは両家の顔合わせの日が初めてだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
私が思案している間に、話は進む。
「つまり、おまえは最初からセレスティーヌ嬢に好意を抱いていたということか」
「でしょう。でなければ、私が直接動くはずがない。なにより、私が彼女を知って動かないはずがありませんから」
「どうしてそこまで……」
思わず心の声が漏れた。
アレクシスの視線が私に向けられる。エルナたちに向けられた無機質なものではなく、とろりとした瞳。動揺して視線を泳がせてしまう。
「ああ、今この場に誰もいなければ抱きしめてしまいたい」
「え?」
「いえ。こちらの話です。そうですね……私があなたを好ましく思う理由についてですがいくつかあります。まず、見た目が私の好みです」
「見た目」
「はい。ああ、とは言ってもただの容姿の話ではありませんよ。もちろん、あなたのその艶めくプラチナブロンドの髪も、澄んだ湖を彷彿とさせるサファイアブルーの瞳も魅力的ですが、それだけではなく立ち振る舞いや表情を含めてのことです。セレスティーヌ嬢は文官として優秀という話ですが、ご実家でも普段から執務の手伝いなどをされていたのでしょう?」
「え、ええ。……なぜそれを?」
「指先にインクが」
「あ」
恥ずかしくなって隠そうとすると、手を取られ握られた。
「恥じることはありません。働き者の手です。それに、セレスティーヌ嬢は責任感も強く、懐も広い。まさに次期当主の妻にふさわしい気質。そして、私個人としても理想の女性です」
「……なぜ」
そんなことがわかるのだろうかと驚く。
(記憶はないはずよね?)
訝しんでいる私の視線に気づき、アレクシスは苦笑する。
「あなたが私を出迎えてくれた時の様子からわかりました。私は記憶をなくし、他の女性を連れ帰ってきた婚約者ですよ? それなのに、セレスティーヌ嬢は私を見て、最初に安堵の表情を浮かべていました。その後は冷静に状況把握することに努めていましたね。そこに、余計な嫉妬心や疑念のようなものは混ざっていなかった。……嫉妬していただけなかったのは残念ですが、私はあなたから信頼されているのだと理解しました。そのことが嬉しかったのです。いくら記憶をなくしたとしても私は私。だというのに、周りはまるで私がすぐに別の女性に惹かれるような男だという目で見てくる。そんな中、あなたは違った。記憶がなくとも私は私だと理解してくれていた。私の本質を見抜いていました」
心底嬉しそうにほほ笑む彼に、私は狼狽えた。なんだか、そう説明されると私がすごい人のようだがそんなことはない。ただ、私は彼が女性に夢中になっている姿が想像できなかっただけだ。
それに、残念ながら私は彼の本質を見抜いていたとは言えない。だって、今こうして私に熱い視線を向けている彼がいるのだから。こんな彼を私は知らない。
「と、いうことで私はセレスティーヌ嬢と結婚して、この家を継ぎますので」



