山に囲まれた小さな村だった。
春の風が、畑の間の道を静かに通り抜けていく。

遠くの山の向こうでは、ときおり低い音が響いた。
軍の飛行機だと、村の大人たちは言う。
戦争は遠くにあるようで、確かに続いていた。

それでも、村の神社には子どもたちの声があった。
古い杉の木の下に、数人の子どもが集まっている。
皆、手にスマホを持っていた。

画面には、いま国中で流行している対戦ゲームが映っている。

光戦。

画面の中央に光の輪が現れ、そこから細い光の軌跡が流れる。
プレイヤーはそれを指でなぞり、攻撃や防御の技を出す。

光の色には意味があった。
白は防御。
紫は攻撃。
青は相殺。
赤は必殺技。

正確になぞるほど技は強くなる。
途中で外せば失敗する。

単純な遊びに見えるが、実際は違う。

動きの速さ。軌道。相手の癖。
それらを読む者ほど強い。

「いいか」
子どもたちの前で、悠真がスマホを持っていた。

「白は防御。攻撃が来たときに使う」
子どもたちが画面をのぞきこむ。

「紫は攻撃。赤は必殺技」
悠真の指が画面の光をなぞる。
光の線は弧を描き、すっと消えた。

「青は相殺。相手の技を消せる」

「へえ」
「難しそう」

「慣れるよ」
悠真は笑った。

村では知らない者のいない少年だった。
力もあり、誰にでも優しい。子どもたちは自然と彼の周りに集まる。

光戦も強かった。

このゲームには全国ランキングがある。
通信対戦で勝てば順位が上がり、負ければ下がる。
国中のプレイヤーが競っている。

子どもの一人が言った。
「悠真兄ちゃん、ランキング見せて」

悠真は少し苦笑した。
「いいけど」
スマホを操作する。

ランキング画面が開いた。
数字が並んでいる。

子どもたちが目を丸くした。

「すげえ」
「三十七位!」
「全国だよ!?」

悠真は肩をすくめた。
「たまたまだよ」

だが村の中では、敵はいない。
子どもたちは皆そう思っていた。

「大会も出るの?」
別の子が聞く。

光戦には大会がある。
大きな街で開かれる公式戦だ。

悠真は少し考えてから答えた。

「まあ、そのうち」
「絶対優勝じゃん!」
子どもたちが騒ぐ。

悠真は笑いながらスマホを構えた。
「じゃあ、やるか」

子どもが前に出る。
スマホを向け合う。

対戦が始まった。

画面の中央に光の輪が現れる。

紫。
攻撃の軌跡だった。

悠真の指が静かに動く。
光をなぞる。

子どもは慌てて白を追う。
防御は少し遅れた。

次の光。
赤。
必殺技。

画面を横切る長い軌道。
悠真の指がそれを正確になぞる。

結果はすぐ出た。

【勝者 悠真】

「負けたー!」
子どもたちが笑う。

「悠真兄ちゃん強すぎ!」

そのときだった。

神社の入口に、一人の影が立っていた。

凛だった。

黒い髪が風に揺れている。
背筋をまっすぐ伸ばし、神社を静かに見ていた。

子どもたちが気づく。
「凛姉ちゃんだ」

凛はゆっくり歩いてくる。

子どもたちの輪の外で立ち止まった。
スマホの画面を見る。

「教えてるの」
声は小さい。

悠真が振り向いた。
「ああ」

二人は同じ村の人間だ。
昔から顔は知っている。

ただ、それ以上の関係ではない。

凛は少しだけ画面を見て言った。

「私ともやる?」

子どもたちがざわめいた。

「え」
「凛姉ちゃん?」

悠真は少し驚いたが、頷いた。
「いいよ」

スマホを向ける。
対戦が始まる。
光の輪。

紫。
悠真が攻撃を出す。

凛の指が動く。
白。
攻撃が防がれる。

次の光。
紫。

凛の指が先に動いた。
正確に軌跡をなぞる。
悠真の防御が少し遅れる。

さらに光。
赤。
必殺技だった。

速い軌道。
だが凛の指は迷わない。

青。
相殺。

光が弾ける。

子どもたちが声を失う。

凛の指はほとんど止まらない。
いや、むしろ動きは少ない。
必要なときだけ動く。

次の光。
紫。

赤。

結果はすぐ出た。

【勝者 凛】

神社が静かになった。

子どもが小さく言う。
「……悠真兄ちゃん、負けた」

悠真は画面を見つめ、それから少し笑った。
「すごいな」

凛は肩をすくめた。
「普通だよ」
それだけ言う。

少し空を見てから、スマホをポケットにしまう。

「じゃ」
凛はそのまま歩き出した。

神社を横切り、村の道へ出ていく。

入れ替わるように、井戸のそばにいた大人たちの声が聞こえた。

「また凛か」
小さな声だった。
「昔から変わらないな」
「何を考えてるのか分からない子だ」

凛は歩き続ける。
聞こえていないように、まっすぐ前を向いたまま。

神社では子どもたちの声が戻っていた。
「悠真兄ちゃん負けた!」
「すげえ!」

悠真は苦笑する。

ふと神社の外を見る。

もう、凛の姿は見えなかった。

神社の賑わいは、少しずつ静まっていった。

子どもたちは家へ帰り、
夕方の風が村の道を通り抜ける。
西の空が赤く染まりはじめていた。

そのとき、遠くの山の向こうから低い音が聞こえた。
ごう、と空気を押すような音。

誰かが空を見上げる。

「軍の飛行機だ」

村の上を、暗い影がゆっくりと通り過ぎていく。
金属の機体が夕焼けを反射していた。

大人たちが顔をしかめる。
「また訓練か」
「この辺りも、そのうち何かあるかもしれんな」
小さな声が交わされる。

子どもたちはただ空を見ていた。

やがて飛行機の音は遠ざかり、
村にはまた静けさが戻る。

悠真はスマホをポケットにしまった。

「じゃあな」

子どもたちに手を振り、神社を出る。
土の道をゆっくり歩く。
畑の向こうからは、夕飯の匂いが漂っていた。

悠真の家は村の端にある。
小さな平屋だった。

古い木の戸を開けると、母の声がする。
「おかえり」
台所から顔を出した。

やさしい顔の人だ。

父は座敷で新聞を読んでいた。
「遅かったな」

「神社で子どもたちと光戦してた」

悠真が答えると、父は小さく笑った。
「またか」

母が言う。
「ご飯できてるよ」

三人で食卓につく。

湯気の立つ味噌汁。
焼き魚。
畑の野菜。

質素だが、あたたかい夕飯だった。

父が箸を置いて言う。
「村の若いのは皆、光戦ばかりだな」

「流行ってるからね」
悠真は笑う。

「悠真も強いんだろ?」

「まあ」
悠真は少し考えてから言った。

「でも、今日は負けた」

父が顔を上げる。
「珍しいな」

母も少し驚いた顔をした。
「誰に?」

悠真は少しだけ間をおいた。

「凛」

母が「ああ」と小さく言う。

父は何も言わず、ただ頷いた。

それ以上、話は続かなかった。

夕飯が終わる。

悠真は「ごちそうさま」と言って立ち上がり、自分の部屋へ戻った。

小さな部屋だった。
畳と机と布団。

窓の外には、夜の村が広がっている。
遠くで虫の声が聞こえる。

悠真は机の上にスマホを置いた。

光戦の画面を開く。
悠真はしばらくスマホの画面を見ていた。

光戦のメニュー画面。

ランキングの表示が目に入る。

全国ランキング。

指で軽く触れる。

数字が並ぶ画面が開いた。
一位。
二位。
三位。

見慣れた名前が並んでいる。
大会で何度も見たプレイヤーたちだ。

悠真は少しだけ指を動かす。
画面が下へ流れる。

そして、自分の名前のところで止まった。

三十七位。

国中にいる光戦のプレイヤーの中での順位だ。
村では十分すぎるほど強い。

だが全国では、まだ上がいる。

悠真は画面を閉じた。

畳の上に寝転ぶ。
天井の木目が目に入る。

昼の神社を思い出す。

凛の指の動き。
光を追っていなかった。

むしろ、
光が来る場所を待っていた。

悠真は眉を少し寄せる。

「……なんで分かるんだ」
小さく言う。

光戦は反射のゲームだと言われている。
速く動ける者が強い。

だが凛は違った。

動きは少ない。
けれど、外れない。

まるで次の光を知っているみたいだった。

悠真は起き上がる。

もう一度スマホを手に取る。

ランキング画面を開く。

上位の名前を見ていく。
一位。
二位。
三位。

そのまま下へ。
十位。
二十位。
三十位。

そして自分の順位。

さらに下へ。
四十位。
五十位。

悠真はそこで指を止めた。

「……ないな」

凛の名前はなかった。

百位まで見ても、
どこにも見つからない。

登録していないのか。
それとも、ほとんど通信対戦をしていないのか。

悠真はスマホを机に置いた。

窓を少し開ける。
夜の空気が入ってくる。
虫の声が少し大きくなった。
遠くの山の向こうが、うっすら光っている。

軍の基地がある方角だ。

昼間の飛行機の音を思い出す。

戦争は続いている。

けれど、この村ではまだ
子どもたちが光戦をして遊んでいる。

悠真は空を見上げた。

それから、ふっと笑う。
「大会、出るか」
小さく言う。

もし凛があの強さなら。
全国でも――

そう思いかけて、悠真は首を振った。

凛は大会に出るようなタイプには見えない。

誰に見せるでもなく、
ただ光戦をしているような。

悠真は窓を閉めた。

布団の上に座る。

机の上のスマホを見る。

昼の対戦の記録は残っていない。

けれど、指の動きだけは
はっきり覚えていた。

「次は、もう少しやれるかな」

誰に聞かせるでもなく言う。

部屋の灯りを消すと、
村は静かな夜に包まれていた。