君の指輪と海のカフェ

「おはよう、美波」

午後三時。

ドアベルが鳴り、美波が初めての店を訪れるような、少し緊張した面持ちで入ってくる。

「あ、あの……カフェラテを一つ。少し苦めでお願いできますか?」

彼女にとって、湊は「今日出会ったばかりの、素敵なカフェの店主」だ。湊は胸の奥に走る痛みを、プロの笑顔で覆い隠す。

「かしこまりました。窓際の席へどうぞ。今日は海が綺麗ですよ」

二人は会話を重ねる。好きな本の話、潮風の匂い、そして湊が語る「昔、大切だった人」の断片的なエピソード。

美波はその話を聞くたびに、少しだけ切なそうな表情を浮かべて言う。
「その方は、きっと幸せですね。こんなに温かいコーヒーを淹れる人に愛されて」

夕暮れ時、彼女が帰る間際。湊は決まって、彼女の手に一通の手紙を渡す。

「これ、忘れ物ですよ。明日の朝、読んでみてください」

中身は、今日二人が話したこと、彼女が笑った瞬間、そして「明日の美波」へ向けた、湊からのラブレターだ。

夜、美波が眠りにつくと、今日一日の記憶は潮が引くように消えてしまう。

けれど、翌朝目覚めた彼女は、枕元の手紙とノートを読み、また湊に会いたいと願う。

「さようなら、また明日」

店を出る彼女の背中を見送りながら、湊は小さく呟く。

「また明日。何度でも、君に恋をするよ」

それは、世界で一番遠くて、世界で一番近い場所で繰り返される、終わらない初恋だった。