深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった


 店を出たのは午前三時前。

 最後の客となっていた四人がそれぞれ帰り支度をして「おやすみなさい」「また来ます」という声が重なる。
 半地下から、階段を上がると夜風が冷たい。

 柚子と九条は当然のように並んで歩いた。
 同じ方向、同じマンション、同じ廊下の先に二人の部屋がある。

「なんか変な感じですね」と柚子が言った。

「何が」

「もう飲み仲間みたいになってる」

「嫌ですか」

「嫌じゃないですけど」

「深夜のカフェで会う人間関係って、そういうものじゃないですか」

 九条の返す言葉は感覚的に理解出来る。
 芸人のトシさんや、弁護士の結城さんとも、昼間の時間帯に出会っていたら、打ち解けるまでにはもっと時間がかかっただろう。

 でも深夜二時のカウンターで隣に座ったら。
 なぜか、すぐに距離が縮まる。

 マンションに着いて、エレベーターに乗って、五階のボタンを押した。
 扉が閉まる前に、柚子はふと思い出したことがあった。

「九条さんって、朝なんで改札入らなかったんですか。どこ行くんだろうと思って」

 九条は少し黙った。

「散歩です」

「朝から散歩?」

「この街を歩いてみたかったので」

「わざわざ中目黒に引っ越してきて散歩って、なんか変わってますね」

 エレベーターが五階に着いた。扉が開く。
 二人で廊下を歩いて、それぞれの部屋の前で止まった。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 柚子が鍵を開けようとしたとき、九条が言った。

「野口さん」

「はい」

「A&Rって、例えばオーディション形式の作品だったら、何人くらい審査するんですか。一年で」

 かなり、唐突な質問だ。
 柚子は別に不思議とも思わず、質問の答えを頭で計算していく。

「月平均でも百くらいかな……でも、ちゃんと全部聴くのが大変で」

「全部聴くんですか」

「もちろん、聴きます。それが仕事なので」

 九条は何か言いかけ、やめた。

「おやすみなさい」の言葉を残し、501号室へ帰っていく。

 ドアが閉まる音を聞きながら、柚子は自分の部屋に入った。

 何だったんだろう、と思いながら、鞄を置いて衣服を脱ぎ散らしてベッドに倒れこむと睡魔が誘惑の手を差し伸べて来た。

 ……シャワーは朝でいいや。

 目を閉じる前に、今日のことが順番にぽつぽつ、断片的に浮かび上がって来た。
 朝の改札前、夜のカフェ、帰り道。

 仕事以外のことを、久しぶりに考えていた気がした。