深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった

 九条の部屋は当たり前だけど、柚子の部屋の隣である
 鍵を開ける音も同じだ、とバカみたいなことを考えていた
 
 室内の間取りは柚子の部屋と同じ。
 ただやはり、男性の一人暮らしである、と言われると納得してしまうような色合いをしている。
 殺風景ではない。生活感もある。
 中央にはカウチがあり、ギターが一本立てかけてあって、キーボードが床に一台。ローテーブルにも一台。
 窓際にあるデスクにはラップトップPCとノートが広げてあった。

 柚子の視線はノートに吸い寄せられた。
 音符のようなものが書いてある気がしたから。

 他人の部屋で、他人の私物を観察するのは行儀が悪すぎる。
 九条はそのままキッチンに向かったので、柚子も慌てて後に続いた。
 
「座っていてください」
 
「手伝います」
 
「じゃあ大根切ってもらえますか」
 
 二人で並んでキッチンに立つと、想像以上に狭い。
 独身者向けのマンションは8畳の部屋とキッチン、バストイレは独立しているけれど、最低限の構成だ。
 
 柚子は大根を切りながら、窓から見える景色をなんとなく見た。
 近くにある私立高校の屋上にはバスケットボールコートが見える。
 部活動に勤しんでいる男子生徒たちが、ボールを手に軽やかに駆けまわっている。
 
「学校あるんだ。昼間にちゃんと外を見たことなかったです」
 
「日中はここまで声が聞こえてきますよ」
 
「九条さん、昼間は部屋にいることが多いんですか」
 
「そうですね、たいてい」
 
「仕事、部屋でできるんですか」
 
「リモートワークですから」
 
 豚汁ができるまでの間、柚子は持ってきたお酒――スーパーで買った缶ビール――を二本テーブルに置く。 
 一月の昼間。しかも豚汁に合わせる飲み物のチョイスとして、ビールというのも変な感じがしたけど、九条が「いいですね」と言ったので良しとする。 
 野菜切りを中途半端に手伝った後は、ローテーブルの端に座って、豚汁が煮える音を聞いていた。
 この人との沈黙の時間は、LAMPでも彼の部屋でも変わらない事に何となく安心していまう。
 初対面ではないけれど、大して知らない相手の、しかも異性の部屋に上がり込むのは、何か(・・)が、起こりうる可能性もある。
 九条に限っては、それはなさそうだが。
 
「一月って、レコード会社は忙しいんですか」
 
「年明けすぐは少し落ち着いてます。二月から年度末に向けてまた動き出すかなあ」
 
「今日みたいに休める土曜日は、あまりないんですか」
 
「年に数回あるかないか、です。ほぼリリイベ……リリースイベントとかライブとか。同期の担当しているイベントにも駆り出されちゃいます」
 
 九条が豚汁を、器にいれながら振り返った。
 
「せっかくの休日なのに、もったいない過ごし方してますね、こんなところで」
 
「いや、全然です」

 全然もったいなくなかった。
 確かに、何も無い休日は貴重だ。
 しかも自分で食事のメニューを考えず、ただ提案にのっかるだけ。
 
 手作りの豚汁は、とてもおいしかった。 
 ごぼうの風味が効いていて、味噌の量がちょうどよくて、体が温まる。 
  
「おいしい」
 
「よかったです」
 
「九条さん、料理できるんですね」
 
「一人暮らしが長いので」
 
「私、全然できなくて……炊飯器も持ってません」
 
「一人暮らしで仕事をしながら料理まで、というのは確かに難しそうですね」
 
「言い訳ですけどね」
 
 缶ビールを開けた。 
 昼間にビールを飲む、という行為も、柚子には久しぶりすぎる。
 
「今年はどんな仕事が多いんですか」
 
「今担当してるアーティストのアルバムを仕上げるのが最優先です。タイアップの話もいくつか進んでいて、同時進行」
 
「――レコード会社のタイアップ、というのは」
 
「映画とかドラマの主題歌に人気アーティストの作品をあてるんです。今は、動画配信サイトの限定ドラマ系のが多いですけど」
 
 九条はビールを一口のむ。
 ごくりという音と、動く喉仏に、思わず目を奪われてしまう。
 
「どんなドラマですか」
 
「うーんと、今回のは、こういう街が舞台なんです。……制作発表前なので、曖昧な感じでしか言えなくてすいません」
 
「こういう街、か」
 
 九条が考える様な仕草で窓の外に視線をやる。
 
「この街、どう思います?」
 
「好きです。来て正解だったと思ってます」
 
 この街が好き、ではなくて、来て正解だった、という言い方は、変である。
 とはいえ、何がどう変なのかうまく言語化できなかった。