深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった

 柚子が目が覚めたのは正午過ぎ。
 遮光カーテンの隙間から柔らかな冬の光が室内へと忍び込んでいる。
 冬の光だから弱いけれど、それでも久しぶりに朝——正確には昼だけど——の光を見た。
 
 激動の年末年始以来、終日休みをもぎとることに成功した。
 社畜の魂というモノは、休日であるというのに、無意識のままスマートフォンを確認し、仕事のメールの件名をざっと流し見る。
 急ぎの案件は無さそうだ。
 
 シャワーを浴びて、久しぶりにコーヒーメーカーを稼働させる。
 冷蔵庫を開けるとほぼ空だった。
 賞味期限切れのヨーグルトと、残り少ない醤油と、どこかの差し入れでもらったままのじゃこ天が一枚、差し入れ用で余ったエッグタルトの賞味期限も切れていた。
 何か胃の中にいれるものを買い出しにいかなければいけない。

 駅前の大型スーパーは徒歩で五分足らず。
 土曜日の昼間に、この場所を歩くことはまずない。
 いつもここを歩くのは深夜だったから。
 
 昼の中目黒は、にぎやかだ。
 冬の寒さを厭わず、川沿いのカフェのテラス席に恋人たちが座り、犬の散歩をしている男性がいて、子どもを連れた家族がいる。
 
 何、作ろうかな。

 まともな料理など久しくしていない。
 自分が何を食べたいかもよく分からない。
 色鮮やかなパプリカに目を惹かれたが、パプリカを使った料理が全く思い浮かばなかった。
 切って、炒める程度である。
 果たして料理といえるのだろうか、という疑問に答える相手は居ないので、無難にじゃがいもと玉ねぎと手に取った。
 
「野口さん」
 
 声がして振り返ると、九条がカゴを下げて、大根を片手に立っていた。
 意外過ぎる組み合わせに、柚子は持っていた玉ねぎを一瞬落としそうになる。
 
「あ、九条さん……も、お買い物ですか?」
 
「冷蔵庫が空になってしまいました」

 自分と全く同じ行動原理に、親近感がわいてしまう。
 スーパーで見る九条は、カフェの暗い店内で物静かに座って、何かいつも思案している印象の、真反対だ。
 九条のカゴには、大根と、豚バラと、ごぼうと、味噌。

 これは……
 
「豚汁? 作るんですか」
 
「そのつもりで」
 
「いいですね」
 
 我ながら当たり障りの無い感想だと思っていると、九条がさらりと「一緒に食べますか」と続けた。
 
「え」
 
「多めに作ります」
 
 唐突過ぎるお誘いに、一瞬考えながらも「じゃあ、お惣菜とか飲み物買っていきます」と無意識のまま答えていた。