消えたくなったら星(スター)になれ

 わたしは全速力で家に帰って、それから自室にこもった。
 生配信して気分を変えよう。
 それからいつも通り晩ご飯を食べて、お風呂に入って、それからエンドさまの配信観てから寝よう。
 ……まあ、これ夢だけど。 
 そう思いつつ、わたしはパソコンを起動させる。
 途端に、緊張とそれから不安がおそってきた。

 逃げたい。切実に、逃げたい。
 だけど、話したいし、踊りたい。
 今日のダンス、失敗しないよね? あんなに練習したから大丈夫だよね?

 わたしは配信前に、必ずこんなふうに葛藤をする。
 自室はやけに静かで、パソコンのファンの音がうるさいくらい。
 カーテンの閉め切った部屋にはパソコンのモニターがまぶしい。
 画面に並んでいるのは、『カラフル』所属の同期たちや先輩の配信のサムネイル。
 そう、わたしも今はここにいる。

 何度も何度もVtuberになるためのオーディションを受けた。
 オーディションを受けたのは、Vtuber事務所の大手のうちの三社といわれる『カラフルスタジオ』のみ。

 そして数えきれないほど、「今度のご活躍をお祈り申し上げます」というメールの文章を見た。
 だけどあきらめきれずにオーディションを受けた。
 それから届く、お祈りメール。
 あの絶望は、何度味わっても忘れられない。
 だから、オーディションに受かったときは夢かと思った。
 うれしいというよりは、驚きのほうが勝った。

 そんなふうにようやく手に入れたVtuberのスタート。
 念願のカラフルに所属のVtuber。
 あの人――あこがれのエンドさまのいる事務所からデビューできた。
 いま、小珠の配信を待っていてくれる人は、大勢いる。
 怖いくらいに順調だ。
 だからこそ思う。
「今日の配信で失敗しちゃったらどうしよう」とか「ダンスうまくいくかな」なんて不安が波のように押し寄せてくる。
 ぼんやりしていると、飲まれそうになる。
 わたしはすう、と深く息を吸う。
「わたしは、黒音小珠」とつぶやく。

 途端にすべての音が消えた。
 目を閉じると、サイリウムの光の海、大歓声まで聞こえてくる。
 よし、いける。
 配信スタート!

「にゃんにゃんにゃーん。黒音小珠だよ~! 今日も絶望の中を生き抜いてきたみんな~!」

 もう、わたしは完璧に黒音小珠だった。
 アバターのように自分の頭には猫耳が、お尻には尻尾だってあるんだから。

 今日もコメント欄は大賑わいだ。

【上司に怒られて、明日会社行きたくない】
「そっかそっかあ。怒られるの嫌だよね。小珠もだーいきらいっ! そんで小珠も学校行きたくない。いっしょだね」
【わたしも学校行きたくない。みんなと話してても楽しくない。小珠ちゃんは友達いっぱいいる?】
「小珠もいつも学校行きたくないし楽しくないよ。仲間だね。カラフルに友だちはいるけど、中学では友だち〇人だよ」

 小珠のキャラがそうだからということもあって、集まってくる飼い主(ファンネーム)は、後ろ向きなコメントが多い。
 小珠のスタンスとしては、否定はしない。だけど寄り添う返事を心掛けている。
 わたしはにっこり笑って、いう。

「でもね、小珠はさ、こーんなにたくさんの飼い主に囲まれてるから幸せだよ!」

 決まった!
 そう思っていると、コメントが流れてくる。

 リュウ『いや、学校でも友だちつくれよ。ま、でもダンスはよかった』(スパチャ一万円)

 リュウさん……。いつもちょっと手厳しい意見をくれる人だ。
 そしていつも必ずスパチャを投げてくれる。
 まさかこの口調……そしてリュウというハンドルネーム……。

 今まで桐生はVtuberに興味なんかないどころか、知らないとすら思っていた。
 だけど今日、知ってしまった。
 桐生がわたしが尊敬し、あこがれているエンドさまの中の人。
 ってことは、わたしの配信を観ていても何ら不思議ではない。
 このリュウって人、桐生なのかも……。
 エンドさまに配信を観られるのは緊張するけど、めっっちゃうれしい。
 でも、中の人が桐生……。
 いやいや、夢だもんね、これ。

「悪夢だ」

 口に出してハッとする。
 小珠での生配信中だということを忘れていた。
 わたしは慌ててこういい直す。

「人生って悪夢だよねー」

 すると、どんどんコメントが流れてくる。

【安定の闇の猫JC】【その年齢で人生悟っててさすがすぎる】【悪夢から覚めないで(スパチャ五千円)】
「えへへ。みんな褒めてくれてありがとうね。お礼にもう一曲踊っちゃおーっと」

 そういって、小珠のデビュー曲『ねこねこ☆フィーバー』で踊った。
 ダンスの最中、「あー、今日もつらい」「さいきん涙しか流してない」「空元気だって元気のうち」
 わたしは無意識のうちにそんなことをつぶやいていたらしい。
 後で確認してみれば、ダンスはキレキレで自分でも惚れ惚れする。

「わたしには、この世界しかないんだよ」 

 そうつぶやいて、ため息をついた。