消えたくなったら星(スター)になれ

「え? なんのこと? わたしは猫じゃないけどなあ」

 そういって桐生から視線をそらす。

「声も変えずに身バレするような発言を学校でするなよ……」

 桐生はあきれたようにそういった。

「まさか桐生、黒音小珠のこと……」
「知ってる。そしてついさっき星谷が中の人だとわかった」
「うわあああああ! 最悪だあああああ!」

 頭を抱えるわたしは、こんな最悪の想像をする。
 桐生が面白おかしく周囲に黒音小珠の中の人はわたしだと言いふらし、身バレ、そしてカラフルを強制卒業……!
 地獄のルートじゃないの……。
 桐生には、絶対にこのことを黙っておいてもらわないと。
 かくなるうえは!
 わたしは覚悟を決め、それから地面に膝をつける。

「お願いです! どうか誰にもいわないでください!」

 そういうと、わたしは地面に額がつきそうなほど頭を下げる。
 そーっと顔を上げると、桐生はドン引きしていた。

「別にいわねーよ……つーか、なんでそんなに土下座が板についてるんだ……」
「VTuberになりたいって両親にお願いしたときや、あとはコラボ配信とかでやったから」
「どんなコラボ配信だよ」
「それより、その、身バレはしたくないので……」
「ああ。仲間のよしみで黙っておいてやろう」
「仲間? クラスメイトってこと?」
「いや、VTuber仲間として」
「えっ?! 桐生もVTuberなの?!」
「デビューして二年になるかな」
「へぇ。二年かあ。事務所に所属してるの? それとも個人勢?」
「事務所に所属してる」
「どこの事務所なの?」
「カラフルスタジオ」

 桐生はそこまでいうと、なぜか咳ばらいをする。
 辺りを見回し、誰もいないことを確認。
 それから、わたしをまっすぐに見てこういった。

「今日の終わりにあなたに癒しを。礼地エンドです」

 突然、エンドさまのイケボが聞こえた。

「あれ? おかしいな……。動画再生しちゃったかな」
「おれが出した声だ」
「わー、そっかあ。桐生ってエンドさまの声真似うまいねー。すごーい」 
「声真似じゃねーよ。現実逃避はやめろ」
「やめて! それ以上いわないで! 立ち直れない!」
「おれがエンドの中の人だとそんなにショックか」
「そりゃあそうでしょ! って、やっぱりそうなんだあああああいやだああああ」

 わたしはそういって頭を抱えると、桐生は鼻で笑った。

「……うるせえなあ。星谷が俺のこと嫌いなのはわかってる。でも、わざわざ目の前で絶叫すんな。おれだって、普通にショック受けるくらいには人間なんだよ」
「ショックなのはこっちだよおおお」
「つーか騒ぐな。星谷は地声だろ。その声を誰かに聞かれると本当に身バレする」

 桐生の言葉に、わたしはハッとして黙り込んだ。
 それから周囲を見渡すけど、他に生徒は誰もいない。
 ホッと安心したところで、桐生が黙りこんだ。
 屋上を静寂が支配する。
 桐生の顔が、やけに悲しそうに見えた。

「星谷だけは……そんなふうにいうなよ……」

 桐生が小声でそうつぶやいた。
 よほどわたしにショックを受けられるが嫌なんだ。
 じゃあ、自分の正体バラさなきゃいいのに。わたしだって知りたくなかったよ!
 桐生が、模型のような街並みを見下ろしながらつぶやく。

「おれは黒音小珠の正体をバラす気はない。ただし、星谷がおれの正体をバラすなら……」
「そんなことしないよ。するメリットがないし」
「ま、ぼっちの星谷はいう相手もいないわけしな」
「なんなの? いじめして楽しい?」
「はっきりいえば、星谷の泣いている顔は大好物だな」

 そういってにっこり笑う桐生に、ドン引きする。性格悪っ!
 桐生はまじめな顔になって続けた。

「つまり星谷のほうが不利なわけだ。そこで、正体をバラさない条件を一つ飲んでほしい」
「条件?」

 嫌な予感がする。

「来月……ちょうど一か月後のおれのライブでゲストとして出演しろ」
「は? エンドさまのライブ?」

 確か、来月はエンドさまソロライブで、大きなコンサート会場は既に予約で埋まっている。
 そんな大きなイベントにわたしが……小珠が出られるわけがない!

「おれのとなりで完璧なダンスを披露しろ」
「無理無理無理! ものすごい大きなライブじゃん!」
「その間に練習をしておけばいいだろ」
「簡単にいわないでよ……」
「ふーん。じゃあ黒音小珠の正体をバラすだけだ」
「Vtuberの世界はわたしの居場所なの! それだけはやめて!」
「じゃあ、おれのライブで完璧なダンスを見せろ」
「そんなの無理だって……」
「無理なら、おれは星谷の居場所を奪って、一生となりで笑い飛ばすだけだが」
「なにそれ嫌すぎる」

 わたしは想像してぞっとする。
 それからこぶしをぐっと握っていう。

「わかった。わたし、エンドさまのライブで踊る……」
「よしよし。いい子だ。いい子にはおれの連絡先を教えてやろう」

 桐生はそういうとスマホを取り出す。
 とても自然な流れでメッセージを交換すると、桐生はご機嫌で屋上を出て行った。

「いや、一カ月って……ってゆーか、エンドさまが……」

 ひとり残されたわたしは、口をぽかんと開けてドアを見つめる。
 タイミングよく始業を告げるチャイムが鳴った。
 ひゅうう、と冷たい風が吹く。
 うん、わかった! これあれだ、夢だ!
 目が覚めたらぜーんぶ夢だよ!
 そう思って、スマホの待ち受けを見るとエンドさまの笑顔がある。
 あ、そういえばさっき桐生、勝手に連絡先登録していったな……。

「うわ、最悪な嫌がらせ……」

 スマホのメッセージの連絡先には、一番最初に桐生の名前。

 I桐生


「絶対にこれわざとだ。斬新ないじめ……」

 わたしはため息をついた。
 これだから学校は嫌いなんだよ!