翌日の放課後、榊原先生は結月と真帆を校長室へ連れていった。
窓の外は曇っていて、まだ雨は降っていない。
でも空気は重く、いつ降り出してもおかしくない色をしていた。
校長室の机の上には、古い出席簿と、もう一冊、分厚い台帳が置かれていた。
卒業証書授与台帳だと、榊原先生が教えてくれた。
校長は五十代くらいの、温厚そうな先生だった。
けれど今は、机の上の古い紙を見つめる目がひどく険しい。
榊原先生が、低い声で言う。
「これが、当時の三年E組の出席簿です。朝倉陽介の名前が残っています」
校長は無言でページをめくった。
朝倉陽介。
その四文字の前で、指が止まる。
次に、卒業証書授与台帳が開かれた。
三年E組の欄。
一人分だけ、証書番号の横が空白になっている。
名前を書くべき場所も、受領印の欄も、何もない。
ぽっかり抜けたまま、そこだけ時間が止まっていた。
「……欠番になっていたんですね」
真帆が、ほとんど息みたいな声で言った。
校長はゆっくり頷いた。
「学校が、呼ぶべきだった名前です」
その声は重かった。
今ここにいる誰の責任でもないはずなのに、それでも学校の長として、受け取らなければならない重さみたいだった。
結月は、机の前でぎゅっと拳を握った。
「校長先生」
自分でも驚くくらい、声はまっすぐ出た。
「お願いします。先輩の名前を、呼んでください」
校長は結月を見た。
包帯の残る手。青白い顔。けれど逸らさない目。
その全部を見てから、静かに息を吐く。
「……卒業式の最後に、正式に読み上げます」
結月の心臓が、強く鳴った。
「ただし、証書は新しく作り直さなければならない。学校印も、記録も、全部整える必要がある」
「私たち、手伝います」
真帆がすぐに言った。
校長は小さく頷いた。
その日の夕方、校長室の長机に白い証書用紙が広げられた。
校長が筆を取り、ゆっくりと名前を書く。
朝倉陽介
黒いインクが紙に染みていく。
そのたびに、結月の胸の奥で、何かが少しずつ形を取り戻していく気がした。
いなかったことにされた名前が、今、学校の紙の上に戻ってくる。
榊原先生が、そっと朱い校印を押す。
乾いた音が、小さく響いた。
その瞬間、窓の外で、ぽつりと雨が落ちた。
真帆が思わず窓を見る。
結月もつられて顔を上げる。
空は灰色のままで、雨はまだ小さい。
けれど、たしかに降り始めていた。
まるで、間に合ったと教えるみたいに。
窓の外は曇っていて、まだ雨は降っていない。
でも空気は重く、いつ降り出してもおかしくない色をしていた。
校長室の机の上には、古い出席簿と、もう一冊、分厚い台帳が置かれていた。
卒業証書授与台帳だと、榊原先生が教えてくれた。
校長は五十代くらいの、温厚そうな先生だった。
けれど今は、机の上の古い紙を見つめる目がひどく険しい。
榊原先生が、低い声で言う。
「これが、当時の三年E組の出席簿です。朝倉陽介の名前が残っています」
校長は無言でページをめくった。
朝倉陽介。
その四文字の前で、指が止まる。
次に、卒業証書授与台帳が開かれた。
三年E組の欄。
一人分だけ、証書番号の横が空白になっている。
名前を書くべき場所も、受領印の欄も、何もない。
ぽっかり抜けたまま、そこだけ時間が止まっていた。
「……欠番になっていたんですね」
真帆が、ほとんど息みたいな声で言った。
校長はゆっくり頷いた。
「学校が、呼ぶべきだった名前です」
その声は重かった。
今ここにいる誰の責任でもないはずなのに、それでも学校の長として、受け取らなければならない重さみたいだった。
結月は、机の前でぎゅっと拳を握った。
「校長先生」
自分でも驚くくらい、声はまっすぐ出た。
「お願いします。先輩の名前を、呼んでください」
校長は結月を見た。
包帯の残る手。青白い顔。けれど逸らさない目。
その全部を見てから、静かに息を吐く。
「……卒業式の最後に、正式に読み上げます」
結月の心臓が、強く鳴った。
「ただし、証書は新しく作り直さなければならない。学校印も、記録も、全部整える必要がある」
「私たち、手伝います」
真帆がすぐに言った。
校長は小さく頷いた。
その日の夕方、校長室の長机に白い証書用紙が広げられた。
校長が筆を取り、ゆっくりと名前を書く。
朝倉陽介
黒いインクが紙に染みていく。
そのたびに、結月の胸の奥で、何かが少しずつ形を取り戻していく気がした。
いなかったことにされた名前が、今、学校の紙の上に戻ってくる。
榊原先生が、そっと朱い校印を押す。
乾いた音が、小さく響いた。
その瞬間、窓の外で、ぽつりと雨が落ちた。
真帆が思わず窓を見る。
結月もつられて顔を上げる。
空は灰色のままで、雨はまだ小さい。
けれど、たしかに降り始めていた。
まるで、間に合ったと教えるみたいに。



