空白の卒業アルバム

図書室を出ると、廊下は薄暗かった。

窓の向こうで、雨が細く斜めに降っている。
本降りになる手前の、息を潜めたみたいな雨だった。

真帆と並んで歩きながら、結月は胸ポケットの栞を握った。

「結月」

「うん」

「次、旧資料室、行こう」

真帆は前を向いたまま言った。

「たぶん、あそこにある」

「……うん」

「名簿か、出席簿か、写真の原版か。何か一個でも見つかれば、空白の正体に近づける」

空白の正体。

その言い方に、結月は少しだけ立ち止まりそうになった。
でも、今はそれでよかった。
名前を知らないものに、名前をつけずに進むための言い方だった。

「ねえ、真帆」

「なに」

「もし、ほんとに……四十年前の事故の生徒だったとしても」

喉が詰まる。
それでも、言う。

「その人のこと、見つけたい」

真帆は足を止めて、結月を見た。

「うん」

「先輩かどうか、まだわかんない。でも……誰にも覚えられてないままなの、嫌だ」

「うん」

真帆は二回目も、同じように頷いた。

「じゃあ、見つけよう」

その言葉は、約束みたいに真っ直ぐだった。

廊下の先、旧校舎へ続く渡り廊下の窓に、雨が打ちつける。
昨日、崩れた天井。
四十年前、事故が起きた場所。

同じ場所に、同じ季節の雨が降っている。

結月は、その向こうを見た。

薄暗い旧校舎の二階の奥。
図面の上で見た、小さな部屋。
『旧資料室』。

あそこに、まだ何かが残っている。

名前かもしれない。
写真かもしれない。
あるいは、誰にも呼ばれなかった最後の記録かもしれない。

真帆はそのまま、旧校舎へ続く階段を登っていった。
結月は迷ったが、ついていった。

人気のない廊下を曲がる。
旧校舎側は、現校舎より少しだけ空気が冷たい。
壁の色も、蛍光灯の白さも、どこか古びて見える。

二階の奥。
普段は近づかない角まで行くと、そこに小さなプレートがあった。

『資料室』

文字は掠れている。
ドアノブには錆びたチェーンが巻かれ、南京錠が一つぶら下がっていた。
足元には、長いこと開けられていない埃が溜まっている。

「……ここ」

真帆が囁く。

結月は、扉の前で息を止めた。
ドアの向こうからは何も聞こえない。
でも、何もないとも思えなかった。

胸ポケットの栞が、かすかに当たる。

ここに、まだ何かがある。
そう言われた気がした。

雨音が、少しずつ強くなる。

忘れられた生徒の噂は、きっとただの怪談じゃない。
四十年前の三月の雨の日、たしかにこの学校で、一人の生徒がいなくなった。

そしてその先は、まだ、空白のままだった。