空白の卒業アルバム

「結月」

廊下を歩きながら、真帆が言った。

「うん」

「これ、ガチだわ」

真帆の声は、冗談のときの軽さじゃない。

「名簿にもない。卒アルデータにもない。貸出端末にもない。……なのに、栞は昔のもの」

真帆は歩きながら、指で数を数えるみたいに言った。

「つまりさ、結月が見たのは……今の三年生じゃない可能性がある」

結月は息を呑んだ。

「……じゃあ、何」

「わかんない。でも、少なくとも、ただの勘違いじゃない。……結月の頭がおかしくなったとかでもない」

真帆がそう言い切った瞬間、結月の胸の奥が少しだけほどけた。
泣きそうになる。
でも、泣いたら進めない。

「真帆……ありがとう」

「礼言うの早い。まだ何もしてない」

真帆はいつもの口調に戻そうとして、でも戻りきらない。

「……行こう。古い卒アル、見に」

結月は頷いた。

卒アル制作委員の部屋に戻る。
真帆が鍵を開ける。
奥の棚の下段に、段ボール箱が積まれていた。

「これ、去年の先輩たちの卒アル。見本とか、予備とか」

真帆は箱を引き出して、分厚いアルバムを一冊取り出した。
表紙は黒。金色の文字。

結月はその重さに、息を呑んだ。
学校という場所が、何年分も積み重ねてきた記憶の塊。

真帆がページをめくる。
去年の三年生。クラス写真。名前の一覧。

「……朝倉、いない」

真帆が言う。
結月はわかっていたのに、胸が痛い。

「じゃあ、一昨年」

次の卒アル。
その前。
さらに前。

ページをめくる音だけが、部屋に響く。
結月の心臓が、それに合わせて跳ねる。

五年前。
七年前。
十年前。
二十年前。
三十年前。
四十年前。

真帆が手を止めた。

「……え」

声が、低く落ちる。

「なに」

結月が覗き込む。

クラス名。

『三年E組』

結月の指先が、冷たくなった。

「……E組」

声が震える。

二人は一人ずつの顔と名前が並ぶはずの個人写真のページを確認する。

そこに。

不自然な空白があった。

写真が貼られているはずの四角い枠が、真っ白のまま残っている。
名前が印刷されるはずの場所も、何もない。
まるで、最初からその一人分だけ、印刷を避けたみたいに。

でも、周りの配置は、そこに誰かがいた前提で整っている。
枠の大きさも、余白も、他の生徒と同じ。
ただそこだけが、ぽっかり抜けている。

「……なにこれ」

真帆の声が掠れた。

結月は、白い枠に指を伸ばしかけて、止めた。
触れたら、冷たそうだったから。

代わりに、結月は胸ポケットの栞を握った。
紙の角が、指に刺さる。

空白。
空白の生徒。

真帆が、結月を見た。
目が、揺れている。

「……結月。これ、さ」

真帆は言葉を探すみたいに、息を吸った。

「この空白……一人分、だよね」

結月は、答えられなかった。
喉が固まって、音が出ない。

でも、胸の奥だけが、はっきり頷いていた。

――そこに、朝倉先輩がいた。

そう言われた気がして。

ページの真ん中の白い四角が、雨の日の図書室の窓みたいに見えた。
暗い世界の中にぽっかり開いた、出口のない窓。

結月は、唇を震わせて呟いた。

「……見つけた」

何を?
誰を?

自分でもわからないまま。
ただ、白い空白の奥から、先輩の声が聞こえた気がした。

『雨の日に、また図書室で』

その声だけが、確かだった。