空白の卒業アルバム

真帆は本当に来た。
制服のまま、息を切らして玄関に立っている。

「お邪魔しまーす……っていうか、結月、マジで大丈夫!?」

真帆は靴を脱ぎながら、結月の包帯を見て眉を寄せた。

「大丈夫。痛いけど」

「痛いけど、じゃないでしょ。……で、その先輩の話」

真帆は一瞬だけ言葉を止めた。
いつもの軽口が出ない。
それだけで、結月の胸がきゅっとなった。

結月は自室へ案内し、机の上の付箋と栞を差し出した。

「これ」

真帆は、まず付箋を手に取った。
指先で紙を撫でる。
目を細めて文字を見る。

『雨の日に、また図書室で』

「……字、きれい」

真帆がぽつりと言った。

「結月の字じゃないよね。結月、こんなに丁寧じゃないもん」

「それ、ひどい」

「事実」

いつもの真帆の言い方が少しだけ戻って、結月は喉の奥が熱くなった。
泣きそうになるのを誤魔化すために、結月は栞も差し出す。

真帆は栞を受け取って、じっと見た。

「……これ、古くない?」

真帆は栞を机に置いて、結月を見た。

「結月。……これ、本物だと思う」

結月は息を呑んだ。

「……信じるの?」

「信じるっていうか。少なくとも、結月が作った嘘じゃない」

真帆は少し考えてから、机の上の付箋をもう一度見た。

「雨の日に、また図書室でってさ。……まるで、会える条件が決まってるみたいじゃん」

結月は頷いた。
胸の奥が痛い。

真帆が、ゆっくり息を吐いた。

「じゃあさ。確かめよう」

「……え」

「結月が見たっていう朝倉陽介先輩が、この学校にいるのか、いないのか。……いや、いないなら、なんで結月だけが覚えてるのか」

真帆の目が、いつものふざけたきらきらじゃなくて、別の光を帯びていた。
卒アル委員のときの、仕事モードの目。

「私、卒アル制作委員だからさ。名簿とか、掲載予定データとか、いろいろ触れる」

結月の胸が、少しだけ明るくなる。
ひとりじゃない。

「明日、学校来れる?」

「……行く」

結月は即答した。
安静なんて言っていられない。

「よし。じゃあ、明日放課後、委員の部屋来て。……結月、これ持って来て。付箋と栞」

「うん」

「……ただの恋の相談じゃなくなるけど、いい?」

真帆が真顔で言った。
結月は、少しだけ笑った。

「もう、とっくに恋の相談じゃない」

言った瞬間、胸がきゅっとなった。
恋だった。
恋だったのに、恋のままじゃいられなくなった。

真帆は、結月の笑顔を見て、少しだけ目を伏せた。

「……そっか。じゃあ、怪異調査だ」

真帆が言った。
その言葉が、冗談じゃなく聞こえた。