精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道

しばらくして、夢が変わった。高い学費を払って遠い学校に通学せず、独学で声の演じ分けや歌い方を研究し、自宅をスタジオにし、人形のミュージカル動画を撮影し、動画配信サイトにアップし、広告収入を得ることだった。その収入を貯めて会社を設立し、障がい者や中卒の人、キラキラネーム等で就職に難のある人を雇い、好きな動画配信の仕事をさせ、再生数や人気度関係なく万単位の給料を支給する企業の経営者になりたいと思えた。会社名は、社長だった自分の先祖の名前をローマ字にしたもの。

このとき住んでいた実家では、歌うことで近隣に迷惑がかかり、自室もないため、撮影するスペースが必要で、実家を出て、活動拠点を得ることが必要だった。令和4年までに叶えたい夢だと、目標達成の目安を表明した。

しかし、この夢を叶えたいと強く願っても、自分の置かれた環境の理不尽さに長年つきまとわれるとは、全く想像もできず、夢が叶うことを信じ続け、作詞作曲したミュージカル挿入歌を毎日のように歌い続ける日々だった⋯⋯。