アレカレ!

 忘れられないものがある。
 それは、こないだマボロシ塔の展望デッキで食べた、七五三くんのパイ。

 あれ、めちゃくちゃ美味しかった。
 なんだかとっても不思議な味だったし。

 すっごく甘くて、なのにクドくなくて、さわやかに口に残る感じ。
 つまり、絶品。

 二時間目と三時間目の間の休憩時間、私はとなりの七五三くんに聞いてみる。

「ねぇ、七五三くん」

「ん?」

「こないだマボロシ塔でごちそうになったパイのことなんだけど……」

「あぁ、うん。あれは我ながら美味しかったね」

「あれって、何のパイなの? リンゴとかチェリーとかブルーベリーとか、そういうのとはちょっと違う感じだったけど?」

「あぁ、そうだね。もしかしたら、葉月さんは初めて食べた味かもしれない」

「うん。あぁいうの、初めて食べた。あれ、何て果物?」

「果物……うーん……まぁ、果物と言えば果物なのかなぁ?」

「え? どういうこと?」

「うん。実はあれ、ボクもよくわかんないんだ」

「よく、わかんない……」

 よくわかんないものを、自分の彼女に食べさせたんかい!
 私は思わず、七五三くんにツッコミたくなる。

 だけど……あれはべつに悪い食べ物じゃなかったと思う。
 あのあと、べつにお腹が痛くなったわけじゃないし、逆に、むしろ体の調子が良くなった気がする。

 だから、知りたい。
 あれは一体、何のパイ?

「でも、あのパイを焼いたのは、七五三くんなんだよね?」

「うん。でも、何て説明すればいいのかなぁ? あ、わからないっていうのは、『名前がわからない』って意味だよ」

「名前がわからない……それは七五三くんもあんまり食べたことないってこと?」

「いや、何度も食べてる。体にも良いんだ。でも――あれはおそらく、ほとんどの人が食べたことないんじゃないかな? スーパーとかにも、ゼッタイ並ばないし」

「スーパーとかにも、ゼッタイ並ばない……」

現物(げんぶつ)、見てみる?」

「え? 見れるの?」

「たぶん。まだ一つくらい、残ってると思うんだ」

「一つくらい……ねぇ、それって、やっぱりレアな果物なの?」

「レアと言えば、レアだろうね。今日の放課後、いっしょに探しに行ってみよっか」

「え? そんな近くにあるの?」

「うん。この学校の裏山だよ」

「ち、近っ!」

「じゃ、終わりの会が終わったら、二人で行こう」

 あっさりと、今日の放課後の私たちの予定が決定する。

 でも――。
 何て言うか、私、ちょっと不安。

 あの日、私、マボロシ塔の展望デッキで、一体何を食べさせられたの?
 いや、まぁ、本当に美味しかったし、あれから体の調子もいいんだけど……。

       𖧧

 学校が終わると、私たちはスクールバッグを持って、裏山に入っていった。

 中学に入学して二ヶ月――私も七五三くんも、まだどこの部活にも所属していない。
 これって、そろそろ何かの部活に入った方がいいのかな?

 このままも何もしないで、七五三くんと毎日いっしょに過ごすのも、まぁ、べつにいいんだけど。
 七五三くんがいっしょなら、勉強のわかんないとことか、すぐに教えてもらえるし。

 なにしろ彼は、学年トップ!
 おまけに彼氏なんだから、これは、もぉ、私の特権だよ!

「ねぇ、七五三くん。この山の、一体どのあたりにその果物はあるの?」

「え? わかんない」

「わ、わかんない?」

「あれは、特別なんだ。ボクも数回しか採ったことがない」

「そんなの、あなた一体どうやって見つけたの?」

「中学に入学した直後に発見したんだ。裏山を散歩してる最中に」

「裏山を散歩してたの? 誰と?」

「一人だよ」

「一人……」

 フツーの人なら、中学入学直後に裏山を一人で散歩するとか、ゼッタイにありえない。
 でも――七五三くんなら、たぶん、したんだろうね……。
 なにしろ私の彼氏、基本めちゃくちゃアレで自由すぎる人だから……。

「でも……この山の中にあるって言うけど、アテもなくここをずっとさまよい続けるわけ?」

「いや、アテはあるよ。大体、このあたりだったと思う」

「私、思うんだけど……」

 私は、こないだのマボロシ塔のことを思い出す。

「もしかしてその場所って、こないだみたいな時空の歪みなの? あのゴーグルを使わなきゃ、見えない場所とか?」

「いや、そうじゃない。そこはフツーに存在してるよ」

「フツーに、存在してるんだ……」

「ただ、あそこに行ける人は少ないだろうね。そういった場所」

「は、はぁ」

「まず最初に言っとくけど」

「う、うん」

「その森は、本当に特別なんだよ」

「本当に特別……って言うか、そこ、森なの?」

「うん。森」

「どんな森?」

「色が、無いんだよね」

「色が、無い?」

「うん。その森には色が無い。たとえば、今ボクたちのまわりにある木は、緑色とか茶色とかだろ? でもその森には、色が無い」

「あんま、イメージできないんですけど?」

「あっ! やっぱり葉月さんといっしょにいると、良いことが起こるね。今日はじつにあっさりと見つけることができたよ」

 そう言って、七五三くんがその場に立ち止まる。

「あそこだ。ボクは『白と黒の森』って呼んでる」

「白と黒の森……」

 七五三くんが指さしている方向に、私は目をこらす。

 え……。
 こ、こんなことって、ある?

 私たちを取り囲む、緑色と茶色の木々。
 その向こうに――異様な森が広がっているのが見えた。

 なんだか少し怖くなって、私は七五三くんの腕にギュッとしがみつく。

 七五三くんの腕、なんかすごく――男の人。
 意外と、たくましい?
 匂いも、なんか落ち着く……。

 って、いやいやいや!
 今は、そんなことを考えてる場合じゃないよ!

 ずっと向こうに広がる、あの森!
 本当に、色が無い!

 あそこに並んでいる木々の色は、基本、白と黒だけ!
 幹も、枝も、葉っぱも、全部、黒!
 あるいは白!

 ど、どういう場所なの、あそこ?
 まるで真っ白な紙に、黒インクだけで描いたイラストみたい!

「じゃ、行こっか。あそこに、あのパイに入れたレア果物がある」

 そう言って、七五三くんが白と黒の森に向かって歩きはじめた。
 私、彼の腕にしがみついたまま、ゆっくりとついていく。

 いや、だって、怖いでしょ、これ?
 マジで。
 自分が今まで見たこともない場所に入っていくんだよ?
 まぁ、七五三くんがいるから、ちょっと安心ではあるけれど……。

       𖧧

「いやぁ、やっぱりここの木々は、いつ見ても()き活きしてるね」

 白と黒の森をキョロキョロ見回しながら、七五三くんが言う。

 いや、だから、どこが?
 どこがですか?
 まわり、白と黒しか色がありませんけど?

 何て言うか、まるで古い白黒映画の中にでも入ったみたい。
 私と七五三くんだけ、カラー。
 総天然色。

 その中を、私たちはゆっくりと進んでいく。

 ここ、本当にウチの学校の裏山なの?
 ふ、不思議すぎるでしょ?

 完全にビビってる私は、七五三くんから離れないよう必死に彼にしがみつく。

 七五三くんは、いつもと同じフツーの顔。
 私なんかおかまいなしで、テクテクと前に進み続けた。

「どうしてこんな森が存在するんだろう? この世界は、ホントに不思議なことばかりだよね」

 歩きながら、七五三くんが言う。

 いえ、あの、七五三くん……。
 あなたも十分不思議です……。
 思いっきり、百二十パーセント……。

 だってこんな森を、中学入学直後に、フツーに一人で発見しちゃうんだよ?
 しかも、たった今、平然と歩いてるし。
 メンタル、|激強(げきつよ)!

「でも、ホント、どうしてこんな森があるんだろう?」

 私の言葉に、七五三くんは進みながら答える。

「理由なんて、きっと人間があとで勝手にくっつけるものなんだろうね。重要なのは、今ここにこの森があるってことだよ」

「まぁ、そうですけど……」

「でも、今日はなかなかいい感じだ。夕方だからかな?」

「いい感じって? 何が?」

「陽が落ちて、黒が深い黒になってるだろう? だから、あれを見つけるのも、わりと簡単かもしれない」

「そ、そうなの?」

「あ、話をすれば、だ。あれだよ。良かったね。一個だけ残ってる」

「え? どれ?」

「あれだよ。あそこ」

 七五三くんが指さした先を見ると――そこには一つの小さな点が見えた。

 オレンジ色の、球体。

 それは少し離れた白と黒の木の枝にぶら下がっていて、パッと見ただけでその存在が確認できる。
 あの球体にだけ、色がついてるからだ。

 でも、ホント、何なんだろう、あれ?
 まるでクリスマスツリーに飾る、少し大きめなクーゲルみたい。

「あれが……あのパイに入ってた果物?」

「綺麗だろ? 白と黒の世界の中で、あれだけが色を持ってる」

「ルックスは、まぁ、可愛いけど……フツー、あれを食べようとは思わなくない?」

「そう? ボクは人類で初めてタコを食べた人の方がすごいと思うけど?」

 その球体がぶら下がっている木まで、私たちは進んでいく。
 近くに行っても、やはりその木は白と黒の色しか無かった。
 だけどそこにぶら下がってるその球体だけは、オレンジ色に輝いている。

「ちょっとここで待ってて」

 私から離れ、七五三くんがその木によじ登っていく。
 スルスルと、すごく慣れた感じ。

 あっさりと枝にたどり着いた彼は、その球体をブチッともぎ取った。
 そのまま、ふたたびスルスルと、木から下りてくる。

 七五三くん、木登り、得意なんだ。
 すごいなぁ……。
 まぁ、なんにせよ、非常にアレな人なんだけど……。

「無事、収穫。良かったね。これでまた、あのパイが作れる」

「う、うん。良かった」

「匂い、()いでみる?」

 七五三くんに差し出されたので、私はその球体を両手で受け取る。
 ゆっくりと、鼻先に持っていった。

 なんか……すごくいい匂い……。
 これ、何なんだろ?
 たしかにフツーの果物とか、栗とか、そういうのとは全然違う気がする。

「こないだ、その球体の果肉を分析してみたんだ」

「ぶ、分析? ど、どうやって?」

「ほら、どこの家庭にだって、顕微鏡くらいはあるだろ?」

「いえ、ないですけど……」

「分析の結果、この球体にはとくに人体に悪い成分は入っていなかった。つまり、フツーの果物だ」

「フツー、ではないでしょう、これ……」

「葉月さん、これ、家に持って帰る?」

「え? いやいやいや。私は、その、どう扱ったらいいのかわかんないし……」

「そっか。じゃあ、ボクの家に置いとこう。まだ少し硬いから、熟してないよ、これ」

「う、うん」

「食べ頃になったら、またあのパイを焼いてあげるね」

「え? マジ? あのパイ、また食べれるんだ……」

 私、それだけは嬉しい!
 またあのパイを食べれるんだ!
 さ、最高かよ!

「あ、それから、これはくれぐれも言っとくけど」

「うん」

「葉月さんね、もし山で見たこともない木の実とかキノコとか見つけても、ゼッタイ食べちゃダメだよ? 命にかかわる物だってあるんだ」

「それを、よりによって、あなたが言うのですか?」

「ボクは、よく調べてから食べてるよ」

 球体を持ったまま、私たちは白と黒の森を歩きはじめる。
 周囲に緑色と茶色の木々が広がりはじめると、私は後ろを振り返った。

 白と黒の森は――まだ確かにそこにある。

 だけど……これはきっと、七五三くんといっしょじゃなきゃ、来れなかった場所なんだろうな。
 なんか、そんな気がするよ。

       𖧧

「でも――どうしてあの森、フツーの人はなかなか行けないのかな?」

 帰り道。
 いつもの通学路を歩きながら、私は七五三くんに聞いてみる。
 彼は手の中の球体を見つめながら、それに小さくうなづいた。

「たぶんだけど……あの森が拒絶してるんじゃないかな?」

「拒絶?」

「うん。あの森は、たぶんずっと一人でいたいんだよ。だから人が近づかないような、音とか匂いを出してるんだ。つまり、自己防衛だね」

「自己防衛……」

「そう。単純に、自分で自分を守ってるだけなんだよ」

「それは、その、どうしてなんだろう?」

「ほら、どこのクラスにもいるだろ? なるべく自分を出さないで、できるだけ静かにしてる人。あの人たちは、あぁやって、自分自身を守ってるんだ」

「自分自身を守ってる……でも、それ、一人でさみしくないのかな?」

「葉月さん」

「ん?」

「一人になれるってね、じつはすごい才能なんだよ?」

「才能……」

「うん。その人は、すごく色々なことを考えてる。楽しいこととか、悲しいこととか、そういうのを深く深く考えてる」

「そうなんだ」

「逆に、まったく何も考えてない人もいるかもしれない」

「それ、どっちなの?」

「それがどっちだったとしても――そういう人を『暗い』とかなんとか、バカにしてはいけない。その人は、一人で過ごせる才能があるんだ」

「一人で過ごせる才能……」

「おまけにそういった人は、たとえばこの球体みたいな特別な果物を生み出すことができる。他のどこにもない、あの森だけの果物をね」

「そっか……でも確かに、そう考えたら、そういうのも才能かも」

「大切なのは、他人に迷惑をかけないで生きること。大勢の人に囲まれても、他人に迷惑をかけてたら意味ないだろ?」

 そう言って、七五三くんが突然、通学路の横の草むらに入っていく。
 また何か見つけたみたい。

「ほら、葉月さん! テントウムシだ! 今年も彼らは鮮やかだなぁ! この子たち、デザインのセンスがバツグンだよね! すっごくオシャレな模様だ!」

 七五三くん、すごく深いことを言ったかと思ったら、めちゃ子ども。
 幼稚園の頃、こんな子、まわりにたくさんいたなぁ……。
 私は、お母さんみたいな気持ちで、そんな彼を見つめる。

 七五三くんって、可愛いね。
 おまけに超イケメンだよ。
 勉強もできるし、色々と不思議なことも知ってるし、おまけに木登りまで得意だった。

 でも――私は、彼っていう人が本当によくわからない。

 七五三くん。
 あなたは一体、どんな人なの?

 大人なの?
 子どもなの?

 私の彼氏は――ホントにアレ。
 めちゃくちゃアレな人。

 でも――私は、そんな七五三くんが大好き。
 彼といっしょにいると、なんだかワケわかんなすぎて、逆に、超楽しいよ!