蝶に惚れた華

「おはよう真希ちゃん」


「おはようございます」


凛とした声にドキッとした。

鞄を置いて席に座る。

そんな単純な動作がめちゃくちゃ綺麗だった。

なんで今まで気づかなかったんだろう。


「ピアス外したんですね」


「まぁね。ピアスあった方が好きだった?」


「別に。好きにすればいいんじゃないですか?」


釣れない彼女に微笑んだ。

まだ君のことはよく分かってない。

もっと知りたい。


「好きだよ」


「揶揄って楽しいですか」


前髪で隠れた瞳が少しだけ見える。

その目はどこか不安げだった。

……そんな顔させたい訳じゃないんだけどな。

どう伝えていいか悩んでいると先生が扉を足で開けて入ってきた。

まぁ両手が塞がるぐらいノートを抱えて入って来ているから仕方ないか。

ちなみに真希ちゃんのさっきの瞳が頭から離れなくて何も聞いていない。

今日の授業は課題をやらせてくれなかったので、真希ちゃんともあまり話せなかった。


「真希ちゃん、今日空いてる?」


「聞いてから判断します」


内心ガッツポーズをとりながらスマホを彼女に見せる。


「パンケーキのお店なんだけどさ、どうかな」


「……可愛い……でも氷紋(ひょうもん)さんは大丈夫なんですか?」



こてんと首を倒す姿が可愛らしい。


「実鳥のこと?今日は彼女とデートだから置いてかれた」



「そうですか……いいですよ」


「ほんとに!ありがとっ!!!」


ぎゅっと手を握る。

僕より小さい手は抜け出そうともせず、ただ解放されるのを待っていた。

パッと離すと真希ちゃんの耳は赤くなっている。

これは脈アリなのか?

あまりの愛しさにこっちまで真っ赤になりそうだ。


「じゃあ行こうか」


「はい、」


お互いにぎこちなく握る。

もう半分ぐらい付き合ってるみたいなもんだろ!!!

まだ惚れて2日目だけどさ!!

外に出ると夏の湿気た風が全身を包んだ。


「胡蝶さん」


「蘭でいいよ」


「蘭さんは夏って好きですか」


突拍子もない質問に驚いたが素直に答えた。

いつもみたいに気を遣わずに。


「好きだよ。空気の匂いが好き」


「分かります、蒸し暑い中に澄んだ匂いが良いですよね」


頭の良さそうな会話だなぁと他人事に思う。

前なら「好きだよ」だけで止めていたかな。

あの感覚もきっと理解してもらえない。

1度口が滑った時「なにそれ〜蘭っぽくない〜」と嘲笑された。

ゆらゆらと伸びきった草が遊んでいる。

会話がものすごく盛り上がったとかはなく、度々訪れる沈黙に心地良さを覚えながらパンケーキの店に着いた。

真希ちゃんは目を輝かせながらメニューを見ている。

連れてきてよかったな。

昨日めっちゃ頑張って探したかいがあった。


「私は決まりました。蘭さんは?」


「決まったよ〜、注文しようか」


ボタンを押す。

お洒落な音が鳴りエプロン姿のおばあちゃんがやって来る。

店員さんが戻ったあと先に飲み物が運ばれた。

苺の果肉にたっぷりのミルクが注がれており、上には生クリームが乗っている。

見るからに甘そうだ。

対する僕は微塵も甘さなんてないブラックコーヒー。


「それ美味しい?」


「とても。ブラックコーヒー飲まれるんですね」


「意外?」


「意外です」


ふふっと声に出して笑った。

このズバッと言う感じがたまらなく好きだ。

口元に生クリームが付いている。

紙ナプキンを使ってそれを拭った。


「えっなんですか!?」


「ごめん、生クリーム付いてたから」


「……言ってくださいよ。自分で出来ますから」


口元を手で抑えて紅潮した顔を必死で隠す姿。

このまま時が止まってしまえばいいのにと願わずにはいられない。


「お待たせいたしました〜。こちら期間限定ハワイアンパンケーキと野菜パンケーキです〜」


おかしいな?真希ちゃんの背後に耳としっぽが見える。

スマホを取り出し写真を撮った。

もちろん彼女も入れて。


「いただきます」


「いただきます!」


ここのパンケーキは平たくてしっとりしている。

ナイフで一口サイズに切ってから野菜と一緒に放り込む。

目の前の好きな子はハムスターみたいに頬を膨らませていた。

わざとじゃないのが余計に心臓を高鳴らせる。


「真希ちゃんってさ、なんの部活入ってるの?」


膨らんだほっぺたが時間をかけて萎んだ。


「写真部です」


「へぇ写真部!文化祭で見たことあるよ」


いそいそと彼女はスマホを取り出し画像を見せてくれた。

主に空の写真が多くて次に植物、動物とつづいている。

真希ちゃんの指がすっと横に流れた瞬間、自分の目を疑った。

そこには僕が居たからだ。


「えっ」


「あっ違っ!」


バッとスマホが姿を消す。

本日3回目の林檎みたいな色の彼女。


「これはっ!そのっ!」


「ゆっくりでいいよ」


こんな必死な姿見たのは初めてかも。

いや、1回だけあったかな?

確か……去年の秋だった。

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ちょっと肌寒い季節。

僕は課題をやり忘れていた。


「実鳥〜、課題見〜して」


「いーやーだー」


いつものごとく1回目は断られる。

休憩時間の廊下は騒がしい。

男子が馬鹿やってたり、女子がSNSに上げる動画撮ってたり。

非常に邪魔である。

そんな道を1人の女の子が走って行く。

息を切らしながらプリントを握りしめて。

あの時は三つ編みじゃなかったな。

ポニーテールで素顔も良く見えてたっけ。

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「これは……あの……空を撮ろうと思ったんです。そしたら……胡蝶さんが居て…………勝手に撮ってすいませ」
「いいよ。消さなくて」


被せるように声をかける。

すっかりしょぼんとしてしまった初恋の人を元気づけたくてパンケーキを一口サイズに切った。


「はい、あーん」


「えっ!?」


「真希ちゃんがこれを食べてくれたら許す」


ちょっと意地悪にパンケーキを差し出す。

恥ずかしそうにそれを口にする。

空を撮ろうと思ったら僕がいた。

それはきっと事実。

けど今なら写真に写った人を消す技術だってある。

わざわざしないってことは、ちょっと期待してもいいんじゃないか?


「それと胡蝶さんじゃなくて蘭ね?」


「蘭さん」


「頑固め」


クスッと笑う。

その表情は黒いベールで今はよく見えない。

いつか取れたらいいなとか思っちゃったり。

その後、他愛ない会話で僕らは別れた。

別れ際彼女が言った「また遊びましょう」が忘れられない。

また遊んでくれる!

心の中で幸せの鐘を鳴らし続けているとスマホが震えた。

母さんからだ。

どうやら今日の晩御飯に使う牛乳がないから買ってこいとのこと。

いつもなら面倒だが今日は気分がいい。

ルンルンでスキップをしながらスーパーに急いだ。