Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

車が走り出す。

バックミラー越しに、
まだ立っている母と妹が見える。

希は小さく深呼吸する。

旬が横目で見る。

「大丈夫?」

「うん。たぶん」

胸が少し熱い。
でも、不安ではない。

数分後。

スマートフォンが震える。

家族LINE。

妹から。

『ママがずっと泣いてるよ』

希は思わず吹き出す。

続けて。

『初カレうれしすぎ+かっこよすぎ、だって』
『ギャルだから耐性ないらしい笑』

「なに?」

旬が不思議そうに聞く。

「ママ泣いてるって」

「え?」

少し驚いてから、旬は小さく笑う。

「……ちゃんと挨拶行く」

その声は、真剣だった。

希は窓の外を見る。
流れる街の灯り。

「うん。今度ちゃんと紹介するから」

旬はハンドルを握りながら、静かに言う。

「……お父さんは?どんな人?」

希は小さく笑う。

「パパはね……ヒロミさんみたいな人」

「ヒロミ?」

「うん。ギャルなママの旦那って感じ。ずーっとゴルフとサーフィンしてるの」

旬が吹き出す。

「なんだそれ」

「ほんとに。家にいる時もゴルフ動画見てるし、朝4時とかに平気で海行くし」

「仕事は?」

希は少し肩をすくめる。

「前に作った会社のひとつが高く売れたとか何とか言って、この後はもう好きなことやって生きるんだって」

ハンドルを握る旬の手が、ほんの少しだけ力を帯びる。

「……」

「変わってるよね?」

希が横目で見る。

旬はゆっくりと首を振った。

「いや、かっこいいな」

「え?」

「自分で作って、ちゃんと結果出して、今は好きなことやるって。簡単に言えることじゃない」

その声には、からかいがない。

まっすぐな敬意だった。

希は少しだけ誇らしく笑う。

「もうプロゴルファーかってくらいゴルフやってるよ」

「俺、今度一緒に回らされるな」

「絶対さそわれる」

ふたりで声を立てて笑う。

車内の空気が、やわらかくほどける。

けれど、希は少しだけ声を落とす。

「パパね、娘のことすごい大事にする人なんだ」

旬は、前を向いたままうなずく。

「……うん」

「口では何も言わないけど。彼氏とか一回も連れて帰ったことないから、たぶん……」

言葉を探すように、少し間があく。

「俺、試される?」

「どうだろ、全然わかんない。パパがどうなっちゃうのか」


旬はハンドルを握りながら、少しだけ目を細めた。

「望むところ」

低く、落ち着いた声。

逃げる気はない。

その一言に、揺らぎはなかった。

希はその横顔を見る。

あ、この人、ちゃんと向き合うんだ。

逃げない。

父の視線からも、
家族の重みからも、
未来の責任からも。

木村家の父。

自由人で、成功者で、
海とゴルフと妻を愛する男。

そして何より、娘を大事にする男。

その父の前に立つこの人は、

きっと視線を逸らさない。

希は小さく息を吸う。

不安よりも、

確かな安心が、胸の奥に灯っていた。

「俺、本気だから」

短く、まっすぐな言葉。

その横顔を見て、

希はやっと実感する。

ああ。

私はこの人と、

家族になるんだ。

恋人という言葉よりも、
もっと深くて、
もっとあたたかい未来。

木村家の、触れなかったページは、

いま、静かにめくられた。