Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

二、三ヶ月に一度。

希は、実家の最寄り駅で母と妹とランチをする。
それが木村家の、変わらない習慣だった。

駅前の小さなレストラン。
いつもと同じ窓際の席。

「仕事忙しいの?」

母が心配そうに言う。

「ちゃんと食べてる?」

妹がじっと顔をのぞき込む。

「痩せた?」

「痩せてないってば」

いつものやりとり。

笑って、食べて、近況報告をする。
母のご近所ニュース。
妹の職場の愚痴。
希の仕事の話。

穏やかで、あたたかい時間。

でも。

ひとつだけ、この家族には触れない話題があった。

——希の恋愛。

彼氏ができたことがない。

希が明るくしているぶん、
母も妹もあえて聞かない。

「まだ?」も、
「いい人いないの?」もない。

それが木村家の、静かな優しさだった。

改札前。

人の流れが行き交う中で、三人は立ち止まる。

「じゃあまたね」

母が言い、妹が手を振る。

その瞬間。

希が、ほんの少しだけ視線を逸らした。

「あ、私今日こっちだから」

そう言って、ロータリーの方へ歩き出す。

「え? そっち? 電車じゃないの?」

妹が不思議そうに声を上げる。

希の視線の先。

そこに、ひとりの男が立っていた。

高身長。
ゴルフ帰りらしいラフな装い。

けれど、立ち姿がやけにきれいだった。

背筋が伸び、
静かに、まっすぐに立っている。

先に気づいたのは母だった。

「……あの人?」

その声に、男——旬も気づく。

一瞬で察する。

そして、ゆっくり歩み寄り、
深く一礼した。

「初めまして。佐伯旬と申します」

低く、落ち着いた声。

母は固まり、
妹は完全に停止する。

時間が、止まったようだった。

希が少し照れながら言う。

「えっと……今度ちゃんと紹介するから」

旬はそれ以上出しゃばらない。

ただ、希の隣に立っている。

半歩だけ後ろで。

それだけで伝わる。

——大事にされている。

母の目が、じわりと潤む。

長いあいだ、触れなかった話題。

娘が、ちゃんと誰かと並んでいる。

その事実が、胸に込み上げる。

「……よろしくお願いします」

それしか言えなかった。

旬はもう一度、丁寧に頭を下げた。