Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

空港へ向かう車の中。

フロントガラスの向こうに、白い世界がゆっくりと流れていく。

除雪された道路の脇に積もる雪。

曇り空からこぼれる、淡い光。

助手席の希は、窓の外を眺めながら、ふっと笑った。

「さっきさ」

「うん」

旬はハンドルを握ったまま、短く返す。

「久しぶりに、あんな英語使った」

旬は横目で見る。

横顔は穏やかで、どこか懐かしそうだ。

「久しぶり?」

「うん。10代の頃、めちゃくちゃ勉強したんだよ」

「なんで」

希は少し照れたように笑う。

指先でシートベルトをいじりながら。

「いつかロンドン行こうと思って」

その一言で、旬の胸がわずかにざわつく。

ロンドン。

遠い街の名前。

白い景色の中に、突然違う色が差し込んだみたいに。

希は気づかないまま続ける。

「美術の勉強と英会話。いつでも海外行けるようにって思ってた」

雪原の向こうを見ながら、静かに言う。

「芸大行きたいのもあったけど、海外のデザイン見たくて」

ガラスに映る自分の顔を、少しだけ覗き込む。

あの頃の自分を探すみたいに。

「結局行かなかったけどね」

小さな間。

後悔とも違う、ただの事実。

車内にはエンジン音だけが流れる。

「でも仕事始めたら、海外の取引先とか、展示会とか。ちゃんと役に立ってる」

誇るわけでもなく、

自慢でもなく、

ただ積み重ねてきた時間の話。

旬はハンドルを握りながら、静かに聞いている。

10代の希。

辞書を開いて、単語を覚えて、

まだ見ぬ街を想像していた少女。

その延長線上に、今がある。

甘える希も、

凛とした希も、

全部つながっている。